普通に不味い大事件④
アリスは何故か目をキラキラさせながら俺を見ていたけど、かなり恥ずかしいものだ。
「了解や。少し待っとき」
マスターはカウンターの方へと向かう。厨房の中はこちらから見えないが、カウンターでコーヒーを煎れる様子は観察できる。
長年の経験というものか、一切の迷い無く動く様は素直にかっこよかった。
男なら子供の頃に喫茶店のマスターには一回くらい憧れるものじゃないだろうか。ドラマやアニメではダンディな初老のイメージが強いが、そういった人たちは決まって落ち着きがあり格好良い大人の代表格だ。
少なくとも目の前のような関西弁の女マスターは稀有な例だろう。
「山元。お母さんがどうかした?」
「いや、何でもない――って、アリス何でスマホを俺に向けてるんだ?」
声に反応してアリスを見るとカメラを俺の方に向けて、シャッターを連写していた。
「別に。山元がうちにいるのが新鮮だから写真に撮っただけだよ」
「俺あんまり撮られる経験無いから、変に緊張するな……」
「いつも通りでいいよ。スマイルプリーズ」
首をかしげスマホから顔だけずらして俺に呼びかける様子は小動物みたいだった。
悪びれる様子もないが、久しぶりに会ったのに素っ気ない対応をされるよりはましだ。俺はアリスとしばしの間談笑することにした。
途中で飛鳥が来るかと思ったが、珍しく今日は立ち寄ることは無かった。
しばらくして、店内のお客さんもだいぶいなくなりマスターと幸耀さんの手が空き始めた頃。
俺はカウンターで洗い物をしているマスターに声をかける。
「あ。マスター、少し良いか?」
俺の声に反応したマスターが手をタオルで拭きながらこちらの机に向かってくる。
洗い物もちょうど終わったようで、タイミングは完璧だった。
「どうしたんや? うちに告白か? すまんがもう旦那が……」
「やめろやめろ! 娘の前でその冗談はよせ、俺を見る視線が痛いから!」
アリスの見るものを氷付けにしそうな冷たい目で見られる。俺はその視線を手で遮りながら抗議した。
普段俺や飛鳥だけならこの手の冗談も乗るところだか、アリスと二人きりの時は気まずい。変に感性のずれているアリスの事だから本気に受け止めかねないしな。
「ほいほーい。んで、話はなんや?」
会話中に一回は冗談を言わなければならない呪いにかけられたマスターが、その義務を果たしたことを伝える。
俺は呆れて大きく息を吐いてから、話を続けた。
「実はな、今日アリスがうちの学校のオカルト研究会っていう部活に入部したんだよ」
「知っとるで。校長先生に挨拶行った時に、アリスが頼んで入部届け貰っとったしな」
どうやら転校初日に提出できたのは、あらかじめ話を進めていたからのようだ。校長はオカ研の部員問題が解決することをわかっていたから、活動実績のみを言及したのだろう。
「楽しそうな人達だった」
「そうか。アリスがそう思うならよかったわ。思いっきり楽しむんやで」
「うん。頑張る」
マスターが気合いを入れるために拳をアリスの顔前に出すと、アリスはそれを自分の拳で軽く小突いた。
スポ根ドラマで見るようなシーンだが、上赤家にとってはこれは珍しいことじゃないんだろう。アリスは不思議な顔一つせずに応じていたし。
「あ、それでねお母さんにお願いがあるんだけど」
俺ではなくアリスから話を切り出してくれる。確かにこの話はアリスの口から言った方がよさそうだ。
俺はコーヒーを飲みながらその様子を見る。
「実は部活で文化祭に出し物するんだけど、そこでオカルトっぽい名前の料理出す飲食店をするの。」
俺たちは飛鳥の去った後、話し合いを行い様々な意見を出した。お化け屋敷、研究発表、劇などなにかしらオカルト研究会っぽい事を絡めて行えそうな店を考えた。
結果として、本来ならお化け屋敷をやれるのが一番楽しそうだと友華は言った。だが、一番効率よく稼ぎが取れるのは間違いなく飲食店だという話になり、本来の目的である売上ランキング三位以内を目指して、俺たちは飲食店をすることにした。
部活メンバーじゃない俺ももちろん協力する。校長はその辺を予想できるだろうが、その上で部活メンバーだけで実施することといった条件をつけなかった。
だが、それは善意からの行動ではない。
一つとして言い訳を許さないためだ。友華なら俺不在で負けたとき、上手く理由をつけて校長の提案を無かったことにしかねない。
不安要素を取り除くために、あの男は俺の参加を黙認しているんだ。