普通に不味い大事件③
「ええ。今回は、ね。飛鳥、ごめんだけど校長には伝えといて貰えるかしら?」
「構わないわよ。じゃあ、私は他に用事あるからこれで。お茶ありがとうね」
友華の頼みを承諾してから飛鳥はオカ研を退出した。
俺たちは全員ソファに座る。
友華だけは部長席に。
そして、勢いよく友華が机を叩いた。これは部長として、これからの活動に勢いをつけたかったからだろう。
「ええ……、話の中であったとおりアリスが部員に加わったわ! このメンバーで文化祭頑張るわよ!」
「「「おー!」」」
「……お、おー」
慣れていないからか、少し恥ずかしそうに掛け声を言うアリスが可愛かった。
―――――――――――――――――――――――
オカ研の当日の出店の話も終わり下校の時間。
俺はアリスと喫茶店司の店前に来ていた。
「そういえば、山元と一緒に来るのは幽霊の時以来だね。」
アリスが可笑しそうに笑う。
銀髪の長い髪が揺れて口元を片手で隠しながら笑う様は背後からアリスを際立てるように差し込んでいる沈みかけた赤い光もあいまってか、まるで絵画を切り取ったようだった。
「そうだな。マスターもアリスのことを俺にずっと隠していたなんて酷いことするよ」
「ふふ。私がお願いしたから。サプライズ」
「そっか」
嬉しそうにはにかむアリスを見るとあの夜の頑張りが報われたような気がして、俺も頬が緩んでしまう。
そんなやり取りをしながらアリスがドアに手をかけて喫茶店の中に入っていった。
「ただいま。お母さ――」
「アリスう! お帰り! 無事で何よりやで……。汗ふく? お水飲む? それともウ・チ? ってどわあ!? 坊主お前もいたんか! 先に言えや、心臓に悪いなあ……」
「俺はそんなに酷い顔か?」
アリスの挨拶よりも先に店の中からこの喫茶店のマスターである奏さんが出て来てアリスを抱きしめる。相変わらずハイテンションで、アリスの姉だと言われても疑えない程若い見た目だが、性格が違いすぎる。
なぜこの親からアリスのような子が育てられたのか、考えても一向にわかる気がしない。
「わっぷ。お母さん、やめて。」
胸に埋もれていたアリスが頑張って顔を出して抗議した。
「まあまあ、そんなこと言わずに。頬を膨らましたアリスは天使みたいにかわええなあ!」
「お母さん。また、怒るよ?」
「はい」
アリスの一言でマスターは手を放した。
アリスは目覚めて以来、自分の思っていることを親に正直に伝えるようになった。最初のころは驚いた顔をされたようだが、二人とも心の底からそれを嬉しそうに聞いてくれるらしい。
アリスだけでなく、きっと両親も自分の意思を伝えてくれないアリスに思うところがあったのだろう。アリスがやっと子供らしくなってくれたと嬉しそうに語るマスターの顔はかなり印象的だった。
「お、アリスお帰りなさい。学校はどうだった?」
厨房から背は高いが顔や声からは優しそうなイメージを持たされる白髪の男性、アリスの父親である幸耀さんが出てきた。
店内にはそこそこお客さんはいるがどれもよく見る常連ばかりだ。
大切な娘の帰宅を喜ぶマスターたちの様子に、不満そうな顔をする人は一人もいなかった。みなコーヒーを飲みながら新聞を読んだり、スマホをいじったりして時間を過ごしている。幸耀さんの料理は炒飯以外はどれも万人受けする美味しさなので根強いファンが多いらしい。
「ただいまお父さん。楽しかったよ、みんな優しそうだったし部活にも入れた。それと、えっと」
「ははは。まあ、後で聞くよ。……楽しそうで良かった」
「うん! ありがとう」
幸耀さんはそのまま厨房に戻っていく。
アリスのことを本当に優しそうな目で見守る人だ。
父親とは、どこもあんな感じなのだろうか。
「お父さん、いま忙しそう」
「そうだな。良いことじゃないか」
「そうやそうや。幸耀さんの料理は世界一美味しいから、繁盛するのは当然やけどな!」
アリスと手頃なテーブル席につく。向かい合うように座った。
席につくとより一層喫茶店特有のコーヒーの香りが鼻をつく。元々のクラシックな雰囲気とあいまって好きなひとには堪らない空間となるだろう。
アリスも見ていることだし常連っぽく振る舞おうと俺はマスターにメニュー表を見ること無く、クールに指を立てて注文した。
「マスター。コーヒー一つ」
「いや何のコーヒーやねん」
「そうだな、ブルーマウンテンでも頼もうか」
「うちはええけど……ほれ、見てみい」
「……オリジナルブレンドで」
「は!」
マスターが平たい一枚のニュー表を見せてくれた。そこには、その、少し値段が高めであったのでおとなしく一番安いものを注文する。
ガキが、アリスの前でいい格好はさせんぞとばかりに、マスターに鼻で笑われた。くそ、もう少し勉強しておけばよかった……。
アリスは何故か目をキラキラさせながら俺を見ていたけど、かなり恥ずかしい。




