十一話・普通に不味い大事件
ファイリングされたプリントの束をパラパラめくりながら話す。一気に副会長モードだ。
「このプリントね。ごほん。学校の決定、それは……!」
「ん。おはよう。……あれ、飛鳥?」
「ええ!? アリスなんでここに!?」
「転校してきた」
「どええ!? そうだったの!? 言いなさいよね! ビックリしたあ……」
「えへへ。サプライズ。」
「まったくもう。あ、このお菓子食べる? アリスの分まであるわよ」
「いいの? ありがとう。」
「構わないわよ――って、違う!」
「ひゃあ! び、ビックリした……」
一人で勝手に忙しなく動いている飛鳥を俺たちは生暖かい目で見ている。世話焼きな飛鳥の性格が存分に発揮されたな。
アリスだけは猫のように体をピンとして驚いていた。
「全く! 真面目な話なんだからね! みんなふざけないでよ!」
「いや、お前が一番ふざけて」
「お黙り」
「消えし!」
「ああ! 山元の口に黒板消しが!」
飛鳥がどこからか取り出した謎の黒板消しで喋るのを妨害された。まあ、今に始まった攻撃方法じゃないからこのままでいいや。
スルーする三人と違って、アリスは心配そうに俺を見ている。良い子だ。
「実はね、保護者からのクレームと学校の先生方の会議でね、オカルト研究会を廃部にする話が出てるの」
やばい。思ったより深刻なのが来た。
「ええ!?」
最初に反応したのは鈴音。続いて孝宏も驚きを露にしていた。
アリスも同様にショックを受けたように目を丸くして固まっていた。
友華だけはその話を知っていたらしく、無言で飛鳥を見ている。
「ごめんなさい。いつもは、こんな話すぐに無下にしてるんだけど、今回ばかりは厳しかったわ。その、どうしょうもできない理由で……」
申し訳なさそうに飛鳥は顔をしかめる。
先ほどまでおふざけた空気が流れていた部室内は、凍りついたように静かになった。
「友華ちゃんや飛鳥ちゃんがどうにもできないって、そんなことあるの?」
「うう……。一体どんな事が……」
鈴音の疑問に飛鳥がプリントを見ながら答える。
「この部活の問題は二つよ。その、聞きたい?」
何故か飛鳥が前置きしてくる。目を細めて申し訳なさそうにしていた。飛鳥もオカ研にはたまに来ているので、無くなってしまうのは名残惜しいのだろう。
飛鳥の質問の答えはみな同じだ。逆に理由も知らずに一方的な廃部なんて勘弁だ。「もちろんだよ!」と鈴音も挙手して賛成している。
部室内に漂っている重苦しい空気。それを払拭するかのように孝宏が立ち上がった。
「いつもは友華ちゃんに任せきりだからね。たまには僕らも役にたてるよう頑張るよ!」
二人はやる気のようだ。
「俺もいつも世話になっている分、何か協力できることがあれば手伝うよ。」
みなと顔を合わせる。孝宏や鈴音の瞳からは不可能なんて無い、俺たちならなんだって出来る。そんな互いへの信頼を感じた。
これまで一年間、俺たちはこの部活で切磋琢磨してきたんだ。
みなで考えれば超えられない困難なんて無い。
「その一、活動実績がない。その二、規則で最低でも設立に四人は必要なのに何故か三人で申請が通っていて今も部員が三人のみであること。以上よ。」
みんなして頭を抱える。
「む、無理だ……。俺たちでどうにかできる問題じゃない」
「うう……。活動実績は、放課後ちゃんと集まっているじゃ、ダメ?」
「可愛く言ってもダメよ」
「ごめんね皆。まさか、創部するときの不正書類が今になってバレただなんて、予想外だったわ」
「確かに、こればっかりは厳しいな……」
「友華ちゃん、どうにか出来ないの?」
「鈴音、人体錬成は禁忌なの。私には出来ないわ」
「そこじゃないだろ」
暗い雰囲気の部室。アリス以外の全員が頭を抱えてげんなりしている。
こうなったら、俺が入部するしかないのか。
訳あって今まで入部はしていなかったが、それで廃部になるのなら流石にその案も考える。誰一人として強要してこない辺り、俺に気を使ってくれているのだろうな。
よし、ここは潔く入部を――。
「あ、そうだった。部長さん、これお願いします」
横に座っていたアリスが思い出したように立ち上がって、鞄からプリントを取り出し部長席の上に置いた。
友華がそれを見て今までに見たこともないくらい目を見開く。完全に予想外のことが起こったといった顔だ。
「え!? これって!」
「入部届け。先生からの印鑑は貰ったから、後は部長さんのサインが必要だった。ごめん、これを渡しに来てたの忘れてた。」
「あ、アリスちゃんがオカ研に!? やったあ! 俺この部活入っててよかったあ!」
「アリスちゃん入るの!? 嬉しい!」
「え! いや! ど、どうして!? こんな部活に!?」
「おい部長」
完全に取り乱して変なことを口走っている友華だが、アリスの行動はそのくらい突拍子がないことだった。
サッカー部や野球部のように前の学校でやってたから入ります、という理由ならわかる。だが、前の学校でオカルト研究会だったのでこの学校でも入部します、なんてやつ全国探しても存在するかわからない。
「どうしてって……。山元がここにいる時が楽しそうだから、かな。」
顎に指を当てて思い出すように話すアリス。
楽しそうって……。一回しかここで会ったことはないだろ。
「それと、個人的に……幽霊に興味があるから。」
清んだ瞳で友華を見据える。
幽霊への興味。それはきっと、以前の自分の状態の謎がわかっていないからだろう。結局あれだけ嫌がってたのに、一度体に入ってしまえば普通に動けたし、その後幽霊として体から出るなんてことも出来なかった。
夢のような、奇跡のような体験。
その理由をアリスは知りたいんだろう。
「友華。アリスなら良いんじゃないか? こいつは真面目だし、何より本当にオカルトに興味を持っている。不純な動機じゃないはずだ」
俺からもお願いする。友華はアリスとの接点がないのて人柄を理解することは出来ないが、アリスが悪いやつでないのは何となく雰囲気でわかっているはずだ。
「むしろ、ありがたいわ。 よろしくねアリス」
「えへへ。嬉しい。」
二人はどうやら上手くいったようで、友華は早速ペンで紙にサインしていた。
「う、嘘。アリスがオカ研に……。」
一人だけ信じられないものを見るような目で項垂れている副会長がいた。
「はい。これで部員問題は解決ね。生徒会にも伝えておいてくれるかしら?」
友華がアリスの入部届けをヒラヒラ見せびらかして飛鳥を挑発する。
飛鳥はその態度の急変ぶりに少し不満げにしながらも、友華に同意した。
「そうね。確かに一つは解決したわ。でも、もう一つ、活動実績の欄はどうするの?」
当然だが、部員が足りただけで、今更活動の続行が言い渡されると考えにくい。
俺たちの視線はこんなとき、いつも友華に向く。この部長は、逆境に強い。自分でどうにか出来る問題なら、なんだって実現する。
それが我らがオカルト研究会部長にして自他共に認める天才、如月友華なのだから。




