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幸福に生きたい不幸なあなたへ  作者: 木鳥
最終章・優作
242/243

   浪人生活③


 参考書片手に列車に乗って向かうのは、大学受験の会場だ。

 去年は色々あって駄目になったけど、この一年の浪人生活を送って改めてチャレンジする。

 夏ごろには母さんが家に帰ってきたので、俺は実家から飛び出し一人暮らしを始めた。とは言ってもバイト先の塾の裏にあるプレハブ小屋を、藤岡さんが貸し出してくれたので家賃もかからない一人暮らしだ。

 元々は藤岡さんが物置に使っていた小屋だったらしくて、ありがたく使わせてもらっている。電気もあるし、料理はカセットコンロで代用できるから快適だ。

 偶にアリスの家にご馳走になっているし。冬場の寒すぎる日はそのまま泊めてもらうこともあった。

 この一年、本当にいろんな人に迷惑をかけた。申し訳なさもあるけど、感謝の気持ちが大きい。


「よし。今年こそ、合格してやる」


 だから一年遅れの受験でも、モチベーションは高いままだった。

 むしろ自分の中で色々と吹っ切れた部分がある。親の事やアリスとの関係。この一年で自分を見直すことが出来た。

 緊張した面持ちの周りを見渡した。確か一年前はここに居る全員が頭良く見えて、プレッシャーが凄かったんだった。今年も雰囲気こそ同じような重苦しく息の詰まる感じだけど、一度体験した分慣れている。

 車内放送が響き渡り電車が目的の駅に到着した。

 学生は鞄の中に参考書をしまい、駅のホームに出ていく。

 肩掛け鞄の位置を直して、俺もその後に続いていった。


「っし、行くか」


 受験生の波に合わせて俺も会場に向かう。手には去年貰ったお守りを固く握ったまま。



――――――――――――――



「え、えー、それでは! 優作の入学を祝って、か、乾杯―!」


 アリスの音頭に合わせて全員でグラスを上げる。

 今日は俺の大学入学祝でパーティーを開いて貰っているのだ。喫茶店司を貸し切って、マスター、幸燿さん、アリス、串木野先生、藤岡さんが参加している。

 オカ研のメンバーは遠くの学校にいてそれぞれ忙しいらしく参加できなかった。少し残念だったけど、皆も自分の夢を叶えるために頑張っていると知れて嬉しくもあった。


「いやー、おめでとなー山元。一年遅れで大学生なれて」

「山元くんなら出来ると思ってたよ。おめでとう」


 上赤家の全員が祝福してくれる。思えば高校生のころから随分深い付き合いになった。自分の親よりも、マスターや幸燿さんにはお世話になってしまった。

 互いに相手を知りすぎているくらいで、今回のパーティーも俺が普通に言われたら断るとわかっていたのか、準備を完全に終えてから話をされたぐらいだ。


「ぶわあああああん! ついに、遂にですね! よかったですううううう!」

「いっちゃん泣きすぎだろ……。まだ酒一杯目だよな」


 串木野先生も偶然担任になってもらってから、ここまで付き合いが続くとは思わなかった。学生時代に授業にも真面目に出なかった俺をここまで面倒見てくれて、本当に頭が上がらない。

 藤岡さんにもこの一年住む場所から仕事の提供など迷惑をたくさんかけてしまった。


「優作、ご飯何か持ってこようか?」


 カウンターに置かれていた様々な料理をアリスが指さす。


「……これって、アリスが作ったのか?」

「うん。今回は全部私が作ったよ。一杯練習したんだ」

「そっか」


 このパーティーを主催していたのも間違いなくアリスだ。

 自分の勉強もあるのに俺のためにここまでしてくれる彼女を見て、今すぐにでも抱きしめたい気持ちに駆られる。

 その感情をぐっと抑えて、入学式の日まで待ってくれていた全員に見えるように前に出る。去年が合格取り消しで落ちたので、今年もその辺に気を遣って合格祝いでなく入学祝にしてくれたのだと思う。


「おお! 何か言うんか!? いけ! 告れ!」

「奏、酒飲んだんだね。顔真っ赤になってるよ」


 寄っているのか訳の分からないヤジを飛ばしてくるマスターと、笑顔で介抱する幸燿さんを見て頬が緩んだ。

 それを見て気が楽になり、素直になる勇気をもらった。緊張するけど、偶には真面目に感謝してもいいはず。普段は恥ずかしくて出来なかった事を伝えよう。


「え、ええと。今回は俺のためにこんな会を開いてくれてありがとうございます。本当に、こんな恵まれていいのかってくらい、感動してます」

「グス! 優作さんが、敬語使えてますううう!」

「俺が叩き込んでやったからな。いっちゃん泣きすぎだ」


 相変わらずの恩人二人を見た。

 大人になってもこんなに馬鹿出来るなんて、この二人は本当に凄い人だと思う。人間て成長するにつれて、現実を知って子供の頃よりも静かにひっそりと社会に馴染むように生きていくのだと思ってた。


「俺、恥ずかしいんですけど、ここにいる大人は全員自分の親みたいに思ってるんですよ。そのくらい世話になりましたし」

「まあ、こんなバカ息子ならうちはいらんけどな」

「僕は嬉しいな。山元君みたいな子なら大歓迎だよ」

「なるほど、俺がパパか」

「藤岡はパパというか親父って感じだけどね」

「急に酔い覚めるなよ! ビックリするだろ!」


 相変わらず藤岡さんにだけ厳しい串木野先生。

 アリスは俺の言葉を聞いて嬉しそうに微笑んでいた。

 その青い瞳に視線が重なる。


「馬鹿だった俺が、俺が、ここまで成長できたのも、色んな人に恵まれたからです……。ここにはいない、オカ研のメンバーも含めて。いい奴すぎて、勿体ないですよ」

「ふふ、優作泣いてる」


 少しだけ潤んでしまった目を見てアリスがハンカチを差し出してくる。


「わ、悪い……何でこんな」


 白いハンカチを受け取って目を拭っていると、アリスが優しく微笑んで上目遣いに顔を覗き込んできた。


「それはね。優作も、勿体ないくらいいい人だからだよ」


 まるで子供のように無邪気な顔。

 最初に出会った頃の自殺を考えていたアリスからは想像できない表情に、呆気にとられた。

 そうだ。

 雰囲気に流されてるようだけど、言うなら今しかないよな。

 恥ずかしいついでだし、この際全部吐き出していい、よな。


「アリス。ありがとう」

「えへへ。こちらこそ」


 アリスに礼を言って、周りの大人に視線を送る。

 そして俺は本当は働いてから言おうと思っていたことを、心臓の鼓動を耳まで聞こえるくらい高鳴らせながら口にした。


「アリス、俺と結婚を前提にして、付き合ってほしい」

「え、私はそのつもりだったよ?」

「え?」


 瞬間。

 それまで卒業シーズンのような感動的雰囲気が流れていた喫茶店内が凍り付いた。

 俺も含めてアリス以外の全員が固まった。

 数秒。数分だったか。アリスは動きを止めた全員を見て不安そうにキョロキョロしている。

 誰の声が最初だったかは分からないけど、皆同じようなリアクションを取った。


「「「「ええええええええええええええ!?」」」」

「わひゃあ! ど、どうしたの皆!?」


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