新しい日常②
「山元、一緒に食べよ?」
瞬間クラスが凍りつく。
俺も含めて。
「……あ、アリスさん? その、山元くんと知り合いなの?」
一人の女子が尋ねる。アリスは頷いた。
「うん。前に色々とあって。」
「色々!?」
「違うんだ! 通学路で一回会って道案内しただけだ!」
即座に弁明を入れる。
しかし、アリスの天然物の凶刃はさらに振りかざされた。
「私の家に最近よく来てくれてるし、お母さんとも仲良し」
「親公認!?」
「こいつの家は喫茶店やっててな! 今度みんなも行ってみてくれ!」
「むう……。なんか山元、様子が変だよ。」
「お前のせいだろ!?」
「酷い。あの夜は抱き締めてくれて、膝枕までしてくれたのに……。」
「「「ヤった!?」」」
「お前ら最悪だ!」
初めてクラスの男女の声が綺麗に重なるが、酷い内容だ。
「く、くそ! こんなやつに先を越された、だと!?」
「孝宏。お前はいつからいた? 別のクラスだろ。」
何故かこの教室にいる悪友が一人、膝をついて項垂れている。
「ともかく! 俺はなにもしてない、冤罪だ!」
「……本当に、わすれちゃったの?」
「だ、だから、何もしてないだろ……」
「大丈夫。山元が、忘れても、私は覚えてるから……ずっと」
「とっても柔らかかったです!」
アリスが悲しそうに言うので、俺は潔く土下座し膝枕のお礼を言う。
その声は学校中にこだまし、クラスメイトの誤解を解くのには昼休みを丸々使うことになった。
「ってことがあってさー。」
「あはは! 優作、あなた本当に話題に欠けないわね!」
放課後。オカルト研究会の部室は相変わらず騒々しかった。
机を囲むように置かれた大きなソファに座った鈴音が教室の出来事を話し、校長室にあるような高そうな机の場所で、一人回転する椅子に腰掛けていた友華はお腹を押さえて笑いこけている。椅子を回転させながらだ。
「その話は辞めてくれ。孝宏が今日ずっと殺すような目を向けてくるんだ」
俺は隣に腰掛けていた孝弘を見る。その目には嫉妬や憎悪の感情がふんだんに込められているように感じた。
「当たり前だ! お前最近まともに授業に出るし、なんか丸くなったと思ったら彼女ができたからなんだろ!」
「ちっげえよ! アリスとはそんな関係じゃない!」
「じゃあなんで……!」
孝宏がプルプルと震える。そして、座っている俺の太ももを指差した。
「なんで、アリスちゃんがそこで寝てるんだよお!」
アリスは今、規則正しい寝息をたてて、俺に膝枕されている。
「久しぶりの学校で疲れたらしくてな。少し寝たいそうだ」
「あ、そうなのか……。まあ、一年も空いたんだしそうだよな、って! お前はいらないだろ!?」
一瞬納得しかけた孝宏だが、すぐにツッコミをいれてくる。流石にこのくらいだと誤魔化しは効かなかったか……。
「アリスちゃんのご要望よ。私も驚いたけど、優作だしいいんじゃないかしら。そんな度胸はこの男には無いわよ」
友華が援護になっていないフォローを入れてくれる。
いや、まあそうですけど。実際その通りなだけに何も言い返せん。
「はあ、友華ちゃんは優作に甘すぎなんですよ」
「この部屋にいるもう一人の男が孝宏だからね。相対的に危険度は少なそうじゃない」
「そいえば孝宏。なんかバレー部の人たちが怒ってたよ! 次会ったら埋めるって!」
「お前、今度はなにしたんだよ……」
「別に何も。ただバレー部の一年は僕のこと知らないから、外部コーチだって言って話しかけただけだよ」
鈴音の話に悪びれた様子もない。顔はいいんだから普通にしていればモテそうなものを……。どうしてこいつは、イケメンなのに性格が悪いんだろう。
「まあ、その話は後よ。実は、皆に報告があるわ。」
突然、友華が机に両肘をついて手の甲に顎を乗せた。
割りと真面目な話が始まりそうだったので、俺たちもふざけるのは止めてソファから友華の方を向いた。アリスがいるので、俺は顔だけ。
「報告って……。そうえば、今日の昼休みに先生に呼び出されてたんでしょ。何かあったの?」
いったいどこでそんな情報を仕入れるのか、孝宏が尋ねる。それは正解だったらしく、友華は頷いた。
「実はね、本当に言いにくいんだけど……。」
友華が悔しそうに手を握りしめる。どうやら今回ばかりは本当に深刻な悩みっぽい。
「それは私から言うわ!」
友華が話す前に何者かがドアを勢いよく開ける。
我らが生徒会副会長にして、幼馴染みの神谷飛鳥が立っていた。ポニーテールを揺らし、脇にはファイルを挟んでいる。
「飛鳥ちゃんだ! こんにちわ!」
「ええ。こんにちわ、鈴音。大切な話をしに来たわ」
「お茶いる?」
「いいの? ありがとう。」
「あ、僕和菓子持ってきてたはずだから、取ってくるよ」
「確か奥の方の砂糖菓子が期限近いから、そっちから持ってこいよ?」
「悪いわね」
「冷蔵庫に入ってるプリン食べて良いわよ?」
「本当に!? 太っ腹ね、友華先輩!」
飛鳥が冷蔵庫を開けてニコニコしながらプリンの容器を机まで持ってくる。
その間に鈴音がお茶をコップに注いで、孝宏が和菓子の箱を机に置いた。
「どう!? 美味しいでしょ!」
「ホントねー。結構高いプリンみたい。流石、友華先輩だわ」
一気にお菓子タイムになったので、みんなで談笑しながら和菓子を食べようと俺も手を延ばす。
「って、違う!」
「わあ! 急に大声出すな!」
飛鳥の大声に驚いて心臓の動悸が速くなっている。
たく、落ち着きのないやつだな。
「私は、今日ここに報告に来たの。学校のある決定をね」
ファイリングされたプリントの束をパラパラめくりながら話す。一気に副会長モードだ。