これからの生活⑤
「久しぶりっす、藤岡さん」
気まずいながらも座りながらお辞儀を返す。
そのやり取りを見ていたアリスと串木野先生は不思議そうに首を傾げていた。
「あれ? 二人とも知り合いだったの?」
「藤岡。私の生徒に唾つけてたの? え、怒るよ?」
「違うわ! まあ色々あって坊主とは面識があるけどよ。それは本当に偶然だ。事故みたいなもんだよ」
事故みたいなもんというか、本当に事故がきっかけで知り合っているのだけれど。
この人なりに俺の名誉を守ろうとしてくれているのだから、甘えておきたい。アリスの前でこの事実がバレてしまったら、きっとアリスは自分を責めてしまうと思うし。
「俺もビックリしましたよ。まさか、藤岡さんが塾の講師だったなんて」
「はっはっは! 人は見かけによらないって言うだろ?」
豪快に笑っている。
最後にこの人と話したのはアリスの件が終わって、俺の体が数日後も異常が無かったことを知らせるために掛けた電話だ。
あ、もしかして今日アリスを同伴させたのって……。
「にしても、そっちが坊主の大切な彼女か。確かに、こんだけ可愛ければ盲目になるわな」
やっぱりアリスを一目見ておきたかったのか。
あの事故の原因について事細かに話したわけじゃないけど、道路に飛び出したのは友人のお見舞いだったと説明している。
「可愛いって。そんな」
「謙遜すんなよ。実際モテるだろ」
「藤岡。本当にやめないと通報するよ?」
その友人がアリスであったこともしつこく聞かれたので話してしまったから、何となく色々察していたのだろう。
「ふふ、何か安心しました」
「お、嬢ちゃんどうしたんだ? 俺何か変な事でも言っちまったか?」
「いえ。まだ雰囲気しか分かりませんけど、藤岡さんは優作の事を分かってくれそうなので。何だか優作と似ている気がします」
俺と藤岡さんに、似ている部分なんてないと思うけどアリスはおかしそうに笑っていた。
「坊主、お前恵まれてんなあ。こんないい彼女他にいないぞ」
「アリスと会えたのは俺の人生の中でも最高の幸運っすから」
「ゆ、優作。人前でそういうのは、やめよっか」
今度は顔を真っ赤にして照れ始める。
それを見て串木野先生と藤岡さんは目を細めていた。
完全にバカップルと思われている。
そろそろ話を変えなければ、どんどん墓穴を掘ってしまいそうだ。
「おっほん。それで、藤岡さんに俺は雇ってもらえるんですか? 今日は、その話をするつもりで来たんですよ」
少し強引に本題に入る。
「ああ、まあ俺は構わないぜ。今の坊主なら大歓迎だ」
「今の俺って……。どういう意味で?」
「アリスさんだったか。嬢ちゃんと一緒にいる坊主は目が生き生きしているからな。最初にあった時よりも少しはマシになったみたいで安心したんだよ」
この人との交流はそこまで深くない筈なのに、ここまで俺たちの事を見ているのはどうしてだ。
そんな疑問が浮かんで当然質問しようと思ったけれど、その前に答えはわかった。
「いっちゃんに相談されて大変だったしなあ!」
「なああああ! 髪を撫でるなあああ!」
串木野先生が俺たちの事を何度か相談していたらしい。
慌てて手を振って弁解しようとしている。
「違うんです! 優作さんと藤岡の境遇は似ていたので、よいことではないんですけど偶に相談していました……」
「俺と似てるって……」
「ん? ああ、俺は母子家庭でガキの頃は虐待受けてたんだよ。いっちゃんはその頃からの知り合いだから、坊主を放っておけなかったんだろう。俺と重ねてだがな!」
「そろそろ叩くよ」
けらけらと笑っている藤岡さんだが、俺は笑えなかった。
自分と同じような境遇の人に初めて会ったから。串木野先生がアドバイスを求めていたのも頷ける。
ひとしきり笑った後に藤岡さんは、頭の後ろで手を組んで冗談でもいうみたいな顔をする。
「んで、どうするんだ坊主。俺のとこに来るか? 最終的にはお前が決めることだからな、肝心なとこは自分の口で。ぱっと言ってくれや」
俺の意思か……。
元々は串木野先生が持ってきた話で、どこにも働き先がなさそうな俺には最高の話だったから断るつもりなんてない。先生のためでもあるし。何より俺自身のために。
それに、この人は信頼できそうだ。
「大学に合格するまでの間ですが、よろしくおねがいします」
「へへ、おうよ」
差し出された手を固く握った。
これからの生活、どうなっていくのか少しだけ楽しみだ。




