これからの生活③
「ば、バイトですか?」
串木野先生がわざわざアリスの部屋に来てまで言いたかった話。
それはアルバイトの勧誘だった。
「はい、知り合いの塾で優作さんを雇いたいそうです。もちろん、優作さんがその気ならですけど」
先生はどこか不安そうに指を交差させる。
目の隈が妙に気になった。
もしかしたら先生がこんなに疲労しているのは俺のためなんじゃないかと、そう感じさせられる。
先生は俺が在学してた頃から生徒の悩み相談に乗っていて世話焼きな人という印象がある。多くの生徒と関わりながら教師の仕事をこなすのは大変だったはずだけど、それでもここまで疲弊した姿は見たことが無い。
俺を雇ってくれる場所を探していたのか?
「凄いよ優作。塾の先生だって! 教師の練習にもなるんじゃない!?」
アリスが笑みを浮かべながら興奮気味に話す。ベッドに座る串木野先生の
俺としても勿論嬉しい。でも、気になる要素が大きすぎて素直に喜べない。
「串木野先生。もしかして、俺のためにそんなになるまで動いてくれたんですか?」
「いえいえ。優作さんのせいじゃないですよ」
気丈に手を振って否定されるけど、多分俺の予想は間違っていない。
今の様子を見ていて分かってしまった。
「俺は親に暴行をした、言っちゃえば前科者みたいな見られ方をされています。そんな俺を雇ってくれる場所なんてそう簡単に見つかるはずがない。……先生はその、結構無理をしたはずです」
世間からの注目何てそんなに大きくない事件だったけど、バイトをする以上俺について多少なりとも調べる。
いまネットで自分の名前を検索すると、一番上に出るのが例の事件の記事だから確実に嫌悪されたはずだ。
そんな俺を二つ返事で雇うところなんてある訳がない。
「あ、あはは。まあ、正直に言いますと思っていたよりは大変でした。知り合いを伝って幾つか回ってみたんですけど、やっぱり反応が良くなくて。でも、結構近くの場所で優作さんを雇っても良いっていう場所があったんですよ! そこは優作さんの話をしても、教えられる人材ならそれでいいとのことでした!」
先生が今にも跳ねそうな勢いで迫って来る。
多分この話が決まった時も同じような反応をしたのだろう。
「優作。この話どうするの?」
アリスが首を傾げて聞いてくる。
そんなの決まっているだろ。先生がここまで俺のために動いてくれたんだ。
このチャンスを生かさないという選択肢はない。
「是非、受けさせてください」
串木野先生にお辞儀して、感謝を示す。
この人には今までも貰ってばかりだったのに、遂に返せないくらいの恩を受けてしまった。
先生は満面の笑みで俺を見下ろし、ぽすんと頭の上に小さな手を置いた。
「はい。今度、そこの責任者とお話してみてください。きっと、優作さんは受け入れられますよ」
話しながら一定のリズムで頭を撫でられる。毛づくろいをされているみたいで気持ちよかった。
不思議と先生の言葉は安心できる。
そういえば不思議な事はもう一つあるな。
この際だから聞いてしまってもいいか。
「あ、先生」
「はい。先生ですよ?」
顔を上げて声を掛けると先生は素っ頓狂な顔をしていた。
何か質問をされるとは思っていなかったようだ。
「先生は何でそんなに色々としてくれるんですか? 俺以外にもいろんな生徒がいる筈なのに」
思えば初めて会ったのは、入学式の日の生徒指導室。
第一印相は最悪だったと思う。あの頃の俺は色々とひねくれていたし。
それに、一年の頃は授業にも殆ど出ていなかった。わかりやすい問題児だった俺を他の先生のように煙たがるわけでもなく、普通の生徒と同じように関わってくれた。
そして、大学に合格したのに馬鹿な事をした俺を未だに見捨てないでくれる。
とっくに教師と生徒という付き合いではなくなっていた。
そんな憧れの人である串木野先生は、そういえばそうだなといった感じで顎に手を当て考える。直ぐに答えは出たようだった。
「うーんと、確かに優作さんは今までの生徒の中でも大切な子の一人ですね。こんなに生徒に関わったのは流石の私も初めてですし」
「え、先生何言ってるの? え、何? そういうあれ?」
「落ち着け」
世界一可愛い俺の彼女が珍しく焦っている。
確かに聞き方次第では、生徒と教師の禁断のあれみたいな感じに聞こえる。
俺も先生の無防備な言葉にどきりとしてしまったのは事実。
先生は焦る俺たちを交互に見ながら、にやりと笑った。
「ふふ、馬鹿な子ほど可愛いってやつですね」
―――――――――――――
とまあ、そんな訳で俺はバイトが出来るかもしれない塾の責任者と会うためにアリスとショッピングモールに来ていた。
相手方は串木野先生と一緒に来るそうで、合流場所はハンバーグが有名なレストランだ。
何で塾の面接なのにレストランなのか?
え、てか何でアリスもついて来てんの?
とかまあ、色々と思うところはあるけど全て相手方に指定された事らしい。
一番疑問なのはアリス同伴で来てほしいという点だ。
アリスと面識のある奴なのか?
「ふふ、デート楽しみ」
横では可愛すぎて一挙手一投足を写真に撮れてしまうアリスが、ニコニコ顔で歩いていた。
アリスは自分が呼ばれたことを最初こそ懐疑的に考えていたけど、集合時間までデートが出来るとわかってからは気にもならないようだった。
「そうだな。前も一回来たことあるけど、今日は行きたい場所とかあるか?」
「ううん。優作に任せるよ。エスコート」
そんなにキラキラした顔で見ないでくれ。
一応考えてはきたけど、こんな場所を案内できるほど経験豊富じゃないんだよ。
なんてことは口には出さない。
ポケットからあらかじめ入れておいたメモ帳を取りだす。この中に色々と情報を集めておいた。
「任せろ! 最高のデートスポットを案内してやる!」
「ええ! 優作の口からそんな言葉が!?」
「今日の俺は一足違う。既に本とかで色々リサーチ済みだからな!」
「そういうとこを隠そうともしない姿勢……かっこいい!」
絶賛バカップル中の俺とアリスは、周囲の視線何て気にもならない程自分たちの世界に没入しながら、取り敢えずデートスポットとして有名なイタリアンレストランに向かった。




