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幸福に生きたい不幸なあなたへ  作者: 木鳥
最終章・優作
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   これからの生活②


「あ、優作! こっちこっち!」


 人で埋め尽くされているかのように混雑している駅前で、銀髪の超絶美少女が俺の名前を呼びながら腕を振る。

 目に入れても痛くないとはアリスのためにある言葉だ。

 白いトップスの上からブラウンのウールカーディガンを纏い、裾の部分が少しダボっとしたブラウンのワイドパンツを履いている。

 全体的にモコっとしていて可愛い。俺の精神を落ち着かせるのが大変なくらい可愛い。


「すまん! ちょっと遅れた!」


 息を切らしながらアリスに駆け寄る。

 アリスは約束の時間に五分ほど遅れた俺を見て、おかしそうにクスクスと笑った。

 その時口元を雪のように白い手で隠していた。可愛い。


「大丈夫だよ。私も三分前に着いたから。本当はもっと早く来たかったんだけど、ね」


 何故か恥ずかしそうにそう言った。可愛い。

 ていうかあれだな。

 常々アリスは可愛いと思っていたけど、こうして私腹をまじまじと見ると俺の言語では説明不可能な魅力がある。


「今日はいつにも増して可愛いよな……」

「ふえ!?」


 アリスが頬を真っ赤に染めた。

 まずい、思いっきり口に出してた。

 彼女とはいえ、軽い男だと思われるかも。違うんだよ、俺がそう思えるのはアリスだけなんだ。


「う、嬉しい。今日お母さんに教わって少しだけお化粧したから」


 弁明しようとする前に、アリスが笑みを浮かべた。

 少し恥ずかしがっているのは、生まれて初めての化粧で不安だったからだろう。

 化粧なんてしないでもアリスは可愛すぎるくらいだけど、なるほど確かにこれは凄い。

 周囲の男どもの視線がチラチラとアリスに向いていた。

 気分は今をときめく有名人とのお忍びデートって感じだな。


「お、おお。そうなのか……」

「うん。えへへ」


 駄目だ、絶妙に気まずい。

 初々しい感じが堪らないけど、そろそろ限界だ。


「と、取り敢えず! 移動しないか!?」

「あ、うん! そうしよう!」


 アリスも勢いよく賛同してくれた。考えていることは一緒なんだろう。

 休日の正午で周囲に人は多いけど、はぐれないよう注意しながらアリスと歩く。

 今日は付き合ってから初めてのデートの日。目的地は大型ショッピングモールだ。

 これまで友人のように接していたから、恋人としての距離感が掴めずに四苦八苦しているところなので、今日で少しでも距離を詰めたい。


「串木野先生はもう来てるの?」

「いや、先生と合流するのは一時間くらい後だよ。それまでは適当にぶらつこうぜ」


 アリスがこくりと頷いた。

 今日俺たちが二人でショッピングモールに行くのは、担任の串木野先生が深くかかわっている。

 


―――――――――――――――――



 あれは三日ほど前。

 アリスの実家である喫茶店司にいた時だった。


「こ、こんばんはー」


 夕ご飯として注文した特製炒飯を食べ終わった頃に、串木野先生が入店してきた。

 一瞬小学生が入ってきたと思ったが、スーツを着ていたので串木野先生だとわかる。

 妙に疲れている様子で目の下には隈が出来ていた。傍から見ても万全ではないことが伝わってくる。


「え、先生!? 大丈夫っすか?」


 カウンター席でマスターと雑談していた俺は、すぐさま駆け寄って声を掛けた。


「ええ、まあ、だいじょび」

「呂律が回ってないですよ! 何か眠そうっすね……」


 見ていると串木野先生は首をかくかくと前後に揺らしていて、意識が朦朧としている感じだった。


「あうう、優作さんがここに居ると思って来たんです。少し用事がありまして」

「よ、用事ですか?」


 先生のただならぬ様子に、また何か面倒ごとが起こったのかと勘ぐってしまう。

 先生がお店にいることに気づいたアリスも、紺色のスカートに白い制服を着たウェイトレス姿で駆け寄ってきた。動きやすいように髪をゴムで纏めている。


「優作。先生どうかしたの?」

「ああ。何か俺に話があるらしいんだけど、眠そうなんだよ」

「眠くは、ない、です」


 限界そうだ。

 遠足の日にはしゃぎすぎた子供の帰り道みたいになっている。


「アリス。この前みたいにベッド貸せるか?」

「うん、部屋に運ぼう。お母さん、少し外すね」


 アリスもその気だったらしくて、既に纏めていた髪を解いていた。


「それはええんやけど、山元。先生運ぶの手伝いや」

「そのつもりだ。先生、ほら俺の背中に捕まってください」


 このままでは倒れてしまいそうだったので、屈んで背中を見せる。

 先生は何か言う訳でもなく、ゆっくりと肩に手を置いて俺の腕に足を乗せた。

 これでスタイルが良かったらドキドキしたと思うけど、子供をおぶっている気分にしかならない。


「最近も全く同じことあったよな」


 大学合格直後にもこんなことがあった。

 その時は酔いつぶれた先生だったけど、今回は疲労でこの状態なので結構心配だ。


「あ、山元」


 先生を背負って厨房に入ろうとしたらマスターに引き留められる。

 振り返ると、ニヤニヤと笑っていた。


「ん?」

「二人きりだからって、いやらしい事は駄目やで」

「するか!」


 碌でもない事を言うマスターを無視して、さっさとアリスの後に続く。

 




「んん……」

「あ、起きたよ」


 アリスの部屋で謎の少女漫画を読んでいたら、串木野先生が目を覚ました。

 この部屋には最低限の家具しかないけれど、押し入れ収納の中に大量の本が入った本棚があった。

 アリスが偶に同人誌とかいう本の話をするけど、その類の本もそこに。予想以上に大量。映画パンフレットみたいな薄さの本だから百冊くらいありそうだ。

 それ以外にも有名な漫画が揃っていたりしたので、椅子に座って勉強机で読み漁ってしまった。アリスもベッドに座って静かに小説を読んでいので、読書会みたいな状況。


「先生、気分はどうっすか?」


 椅子から立ち上がって先生に近づく。

 アリスが腰に手を回して体を起こしてあげた。


「はい、すみません。まさか二回もお世話になるなんて……」

「ふふ、大丈夫です。先生ならいつでも寝に来ていい」

「そんな訳にはいきません。大人なので」

「妹みたいで可愛いから」

「大人なので!」


 冗談に対応するくらいの元気はありそうだ。本当に良かった。

 じゃれているアリスと先生。子供を前にして母性が爆発したような感じのアリスが可愛すぎるから、少しの間見ておきたいけど。

 さっきの話も気になる。


「先生、俺に用事って何だったんですか?」

「あ、そうでした! それを伝えに来たんです!」


 先生も忘れていたようで、ハッとしていた。

 ベッドの上に正座をしてから俺の方を向き直る。


「いいですか。少し真面目な話なのでよく聞いてくださいね」

「え、は、はい」


 先生はキリっと仕事モードの顔になって、普段のどこか子供っぽい様子は消えた。

 俺もこのモードの先生を前にすると学生に戻ったみたいで妙に緊張してしまい、無意識に背筋が伸びる。


「ま、真面目な話……」


 雰囲気を察知したアリスもごくりと唾を飲んでいた。

 わざわざここに来てまで話すなんて、一体どんな内容なんだ。

 最近悪いニュースばかりなのでどうしても身構えてしまう。

 先生は大きく息を吸って、気合を込めるように声を発した。


「バイトしませんか! 知り合いの塾で!」


次回の更新は明日になります

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