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幸福に生きたい不幸なあなたへ  作者: 木鳥
最終章・優作
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七十六話・これからの生活


「はあー、気になる」


 モダンな内装の喫茶店内で、一人の少女がカウンター席で大きく息を吐いた。

 まるで恋に憂いているような仕草だが、事情を知っている喫茶店のマスターはティーカップを洗いながら視線を少女に移す。


「飛鳥ちゃん、ため息はあかんで。幸せが逃げるやろ」


 喫茶店には似つかわしくないテンション高めの関西弁マスターは、今日も平常運転だった。

アリスの母親なので見てくれだけは美人なのだが、夫持ちとはいえ長年喫茶店で接客をしていて誰からもアプローチされないのは性格が大きなマイナスになっているからだろう。

 飛鳥は気楽そうなマスターを見て呆れていた。


「ため息も吐きますよ。優作の家にアリスが行ってるんですよね? 男の家に女の子一人で行くのは心配じゃないですか」


 飛鳥の言葉を聞いてマスターはケラケラと笑った。

 飛鳥以外にお店にいた数人の客から訝し気な視線を向けられるが、気にしている様子もない。


「男って山元やで? あいつがアリスに何か出来る度胸があるんなら、とっくに何かしとるやろ!」

「笑わないでくださいよー。知りませんよ、大事な一人娘が毒牙にかけられても」

「そんな訳あるかいな。アリスは傷心の山元を励ましに行っただけや。最近は山元の事ばっかり気にしてソワソワしとったから、これで落ち着くやろ」


 マスターはアリスと優作が両思いであることを知っている。

 優作がアリスに告白したことも。

 母親として娘が他の男に奪われるのは普通に嫌で殴り倒したいが、優作ならまあいいかという思いもある。


「そんな上手くいかないですよ。確かに落ち込んでる優作をアリスなら元に戻せそうですけど、ぶっちゃけあの二人の不器用さはけた違いですもん」

「まあ、それはそうなんやけど。アリスだって山元に申し訳ないとか言って、告白断っとるもんな」

「え!? 優作もう告白したことあるの!?」

「あ! な、内緒で頼むわ……」


 それでも傷心の男の家に娘が向かったのは心配ではあった。

 普段なら口が堅い方だと思っているのにこうしてうっかり秘密を滑らせるくらいには。


「はえー、そんな事が。でも、アリスから断っといてよかったと思いますよ」


 コーヒーを一口飲んで、飛鳥がそう言った。

 マスターはカウンター越しに肘をつきながら首を傾げる。


「何でや?」

「だって、優作の事だから大学に行けないって通知が来たらアリスとの交際も断るでしょうし。あいつは自分の不幸に周りを巻き込みたくないって本気で考えてるタイプなので」

「ほんま不器用な男やな。あんなんのどこがええねん」

「うーん。どこなんでしょうね?」


 二人して考え込むが優作のどこに女子が惹かれるのか答えが出なかった。

 飛鳥が知っている範囲で、友華、アリス、鈴音辺りは優作を異性として好きだと思うのだが。そこまで好む理由は飛鳥には理解できない。


「ちなみに飛鳥ちゃんはどんな男が好きなん?」

「少なくとも優作みたいな感じじゃないですよ。あいつみたいに考えすぎるんじゃなくて、楽観的でも芯があって、それでいて笑顔が綺麗な大門寺みたいな感じのって! 何言わすんですか!?」

「え、今のウチが悪いんか?」


 飛鳥も青春を謳歌していることを知りマスターは少し安心した。

 勉強が恋人みたいな事を言い出しそうだったからである。

 そんなやり取りの最中。

 喫茶店のドアが鈴の音を立てながら開いた。


「お、いらっしゃーい」


 この時間帯の来店は珍しいと思いながら、マスターが目線を送るとそこには。


「ただいま、お母さん」

「ひ、久しぶりっす」


 アリスと、ずっと家に籠っていた優作が立っていた。

 一瞬自分の目を疑ったが、紛れもない現実だと気付く。

 アリスが様々な出来事を抱えて壊れそうになっていた優作を救い出せたという事だろう。


「ゆ、優作!? あんた大丈夫なの!?」


 飛鳥が動揺した声で駆け寄っていく。

 優作は以前の表情が戻っていて、笑みを返した。


「ああ、悪かったな。色々と心配かけちまって」

「ほんとよ、この!」

「いたあ!」


 優作の足を思いっきり飛鳥が踏んでいたが、どこか嬉しそうだった。

 マスターもその光景を見て心の底から喜ぶ。もちろん顔には出さないが。


「そっか。アリス上手い事説得できたんやな。流石やで!」

「えへへ、うん。頑張った。優作が元気になってくれてよかった」

「ああもう! 笑った顔もかわええなあ! ……ん?」


 安心のあまり思わず見逃しそうだったが、マスターの持つアリスセンサーは些細な変化も敏感に察知した。


「あ、アリス、今何て言った?」

「え、元気になってよかったって」

「ちゃうちゃう、その前や」

「優作って言ったよ?」

「ええ!?」


 それに驚いたのは飛鳥。

 これまで飛鳥は優作の事を山元と呼んでいた。

 それが帰ってきたら突然の優作呼び。

 その変化が何を意味するのか、女性である二人が理解するのは難しい事ではない。


「ま、まさか、あんたらって……」


 化け物でも発見したかのような飛鳥の震え声。


「嘘や、ウチのラブリープリンセスが……」


 何かよくわからないことを言ってるマスター。

 二人とも絵に描いたような動揺具合だった。

 それまで横に並んでいた優作とアリスだが、優作が一歩前に出て緊張した面持ちで口を開く。


「俺たち、付き合うことになりました」


次回の更新は明日になります

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