誰よりも醜悪な山元優作という男④
今日で、何日目になるだろう。
空になった総菜や弁当が散乱している部屋で、体を石にされたかのように一人で横になり続ける。
動くのはトイレか、家の食糧がなくなった時だけだ。
そんな生活を続けているのでリビングは足の踏み場が無いくらいゴミで溢れかえっている。いつか見た鈴音の父親の家のように。
とにかく何をするにしても活力というか、気力が湧かない。
「ああ、冷凍するやつ、もうなかったか」
それでも、何か声を出さないと本当に狂ってしまいそうだったから自然と独り言は増えていた。
母さんに背中を刺されて、俺は二日ほど意識が無かった。
起きた時に最初に目に入ったのは病院の白い天井。
そこで、自分と母さんの状態を聞かされ、俺の怪我は命に係わるものではなく三日で退院できると聞かされた。
問題は母さんの方。
医者の判断によると重度の薬物中毒だったらしい。
母さんの腕にあった生々しい痣は薬物の注射によって出来たものだったのだ。家にあった注射も本当にそういった目的で使われていた。
だから、俺は退院しても母さんは家に帰ってこれない。
肋骨が折れていて今も入院しているが、その後は薬物依存を治すために精神科病院に移動する。
実の親が薬物依存だなんて、正直ショックも大きい。
けれど、今はそれよりも俺の頭の中を埋め尽くしていることがあった。
机の上に置かれた封筒に視線を移す。
それは大学から届いたもの。
「……クソが」
ぼそりと呟いた。
封筒の中身は合格取り消し通知。
世間では俺の事は母親からナイフで切りかかられた学生ではなく、母親と争って大怪我を負わせた学生となっている。
確かに怪我の酷さは刺された俺よりも薬物で衰弱していた母さんの方が重症らしいけど、こっちは命の危険があったんだ。
事情を聴いてすらくれない大学。
何も知らないのに俺を悪だと決めつける社会。
自分のこれまでの努力が一瞬で消えてしまう事に、俺は人間として社会から認めらていないのではと感じた。
母さんは、どこまでも俺の足を引っ張り続けるのだ。
「何で俺、この家に生まれたんだろう」
意味なんてない。
そんなの分かっているけど、吐き捨てずにはいられない。
―――――――――――――
「ごめんくださーい」
インターホンの音とほぼ同時に、聞きなれた声が耳に入って来る。
「……」
誰が来たのかは分かったけど、今は顔を合わせられるような気分じゃない。
申し訳ないけど帰ってもらおう。
「んー、これは留守? いやいや、そんな訳ないよね」
一応玄関前まで近づいてみると、思案している声が。首を傾けて悩んでいるのが分かる。
「山元―、いないのー? え、これは本当にいない感じかな。買い物に行ってるとか? そっか……、じゃあ」
どうやら諦めたようだ。
罪悪感が凄いけど、こんな不衛生な家に上げることは出来ないから仕方ない。
「勝手に上がるね」
「何でだよ!?」
問答無用で玄関を開けた銀髪の美少女に驚愕してしまう。
こんなに声を出したのはいつぶりだろうか。
玄関前に俺がいるのを見ると、アリスは頬を膨らませて不機嫌そうに見てきた。
「あ、山元いたんだ。てっきり買い物にでも行ってるのかと思った。私の声が聞こえてたのに、無視してたんだね。へー」
「わ、悪い。今家が汚いからアリスを上げる訳にはいかなくてさ」
「むう……とにかく、いるとわかった以上入るよ」
アリスは遠慮する様子なんて一切なく、靴を脱いで我が家の床を踏む。
「待てって! 本当に勘弁してくれ、今は誰とも会いたくないんだよ」
実は昨日も孝宏が俺の家を訪ねていた。
でもその時も同じような事を言って帰ってもらったのだ。
周りで色々な事が起こりすぎて自分の中で整理がついていないから。くちゃくちゃになった感情が落ち着くまで、一人で惰性的な日々を過ごしていたかったのだ。
「山元。少しやつれてるよ」
「……関係ないだろ。とにかく帰ってくれ。迷惑だ」
「ふふ。山元がそんな反応するのは分かってた」
わざと素っ気ない対応をしているのに、アリスはおかしそうに笑った。
何でそんな顔が出来るのか分からない。普通はここまで言われたら食い下がってこないだろ。
「だからね、じゃーん」
アリスは腕にかけてい白い鞄から、ピンク色の箱を取りだした。
それは俺にとっても見覚えのあるもので、正体は直ぐに分かった。
「お前、なんで弁当何か持って来たんだ?」
「山元はバランスの悪いご飯を食べてると思ったから、折角だし作ってきちゃった」
「飯に釣られるほど、冗談言える気分じゃない」
「ううん、山元にはご飯じゃなくて私に釣られてもらいます」
急な他人行儀な言い方。
そして意味不明な発言。
色々と言いたいことはあったけど、一番にアリスの謎の自信が気になった。
「どういう意味だよ……」
「私は今朝五時に起きてお弁当を作ってきたの。山元のために丹精込めて。今私を強引に追い返したら、山元は好きな女の子を凄く悲しませることになるよ。どうする?」
「……」
最初にあった時から薄々感じていたけど、俺はとことんアリスに翻弄されている気がする。
今だってそんな事を言われて追い返せるはずがないのはアリスも知っているだろうに。
「わかったよ、でも本当に汚いから遠慮なくいつでも帰ってくれ」
「了解。山元ならそう言ってくれると思ってた」
にへらと表情を崩しながらアリスがリビングに進んでいく。
自分の家に好きな女の子がいるという状況に心が躍らない訳ないけど、状況が状況なだけに気分は重苦しくなるばかりだった。
俺のためにご飯を作ってくれたアリスの好意を無下には出来ない。家には上げたけど、弁当を食べ終わったらさっさと追い返そう。