誰よりも醜悪な山元優作という男②
「おーい、優作。大丈夫かお前?」
司からの帰り道。既に日は落ちて三月の肌寒い夜風が肌を撫でる。
首元にマフラーでも巻いていればよかったのだけれど、生憎今日は家に忘れてしまい身震いしそうな寒さを感じていた。
民家も街灯もない暗い静かな夜道を一人で歩いていると、後ろから声を掛けられた。
声の主が誰かは直ぐに分かったけれど、気分が気分なだけに無視して歩く。
「おいおい、無視すんなって! どうしたんだよ」
無視してもこいつなら話しかけてくるとわかっていた。
声の主――孝宏は俺が振り返ると相変わらず見てくれだけはイケメンなだけに、爽やかな笑みを浮かべていた。
こいつの帰り道にここは含まれないのだけど、何で俺に話しかけてきたのかは流石にわかる。アリスの件だろう。
「はあ、少し、いや、結構本気で落ち込んでるんだ」
「アリスちゃんに告白断られたんだってな。マスターも驚いて腰抜かしそうな顔してたよ、アリス何しとんねん! って」
マスターと孝宏は今日俺が告白するのを知っていたから、アリスに告白後の反応を見て結果が分かってしまったのだろう。
そうじゃなくても、あの後からアリスとは一言も話せていないから友華や鈴音が訝し気な目で俺を見ていたから、あの場にいた何人かは察しているかもしれない。
「どうして断られたんだ? アリスちゃんもお前の事好きなんだろ」
「ああ、アリスもそう言ってた。けど、体が弱くて迷惑をかけるから付き合えないんだと。実際アリスは体が弱いし、俺も上手く言い返せなかった」
「はあー」
俺が理由を言うと、孝宏が大きく息を吐いた。
あからさまに呆れているようだ。
「で、本当のところは?」
「これ以上は何もないぞ」
「嘘つけって。お前がそんな理由でアリスちゃんを諦める訳ないだろ。そうだな、僕の予想だとアリスちゃんが薬をたくさん飲まないといけないくらい体が弱いって知らなかった自分を責めて、納得したように見せたって感じか」
「……」
悔しいけど完全に図星だ。
俺はアリスの事を好きなのに、アリスの抱えていた悩みを軽く見ていた。そんな自分が情けなくて、アリスの拒絶を受け入れてしまった。
「そうだよ……。お前は本当に、その辺気付くの上手いな」
「お前が分かりやすいんだよ」
二人でそんな事を話しながら歩く。
ふと、孝宏が足を止めた。
「でもさ、僕は優作が間違ってると思うぞ」
「……何の話だ?」
表情から孝宏が冗談をいう訳ではないとわかった。
「お前の自己評価の高さに引いてるんだ。恋愛なんて独りよがりなものに決まってるだろ? 相手と完全に分かり合えないと恋愛じゃないんなら、この世界にカップルなんて存在しないよ。お前は自分に求めるものが大きすぎなんだよ、ナルシストめ」
「言ってることはわかる。でもよ、アリスが迷惑そうにしてたんだぞ」
「ああもう、面倒くさいのはお前だろ馬鹿」
珍しく孝宏がイラついていた。
怒っているのを隠そうともせずに、険しい目で俺を見ている。
「好きな女の子のためなら、強引に行動しろって言ったのはお前だろ。自分の気持ちに正直になれって、僕の背中を押しただろうが」
「でも、それとアリスの話は別だ」
「一緒だよ。だからさ、おら!」
「ごふ!」
突然孝宏に背中を蹴られた。
不意打ちだったので口から息が爆発したように出ていく。
「何するんだ!?」
「背中を押してやったんだ、お前が僕にしたようにね」
「……ここまで荒くは無かった」
「いやいや、結構雑だったぞ。自分の事なら尚更な」
これまで呆然としていた意識が、今の衝撃ではっきりとしてくる。
今までがまるで夢でも見ていたような感覚だった。
孝宏はいたずらに成功した子供のような笑みを浮かべている。
呼吸を落ち着かせてから、俺はゆっくりと顔を上げた。孝宏の顔を真っ直ぐ見つめながら。
「俺は、まだアリスを好きでいて良いのか?」
「両思いなんだから気兼ねする必要ないだろ。男ならガツンともっかい告白してこいよ」
「……そうだな。少し弱気になってたか」
「おう! たまには自分のためにいつもの行動力を使えよな」
「ありがとな」
「ん? え、いま何て言ったんだ!? 気持ち悪い!」
「ふん!」
「いってえ!」
大袈裟に気持ち悪がっていた孝宏の肩を思いっきり叩いた。
「なにするんだよ!?」
「は、お返しだ」
「お前なあ!」
ギャアギャアと騒ぎながら。
孝宏と夜道を歩いた。
絶対に口には出せないけど、孝宏は凄い奴だ。人の気持ちに敏感で軽いノリでずかずかと入り込んでくる。
アリスを諦めない気持ちが沸いたと同時に、改めて俺は人に恵まれていると感じさせられた。




