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幸福に生きたい不幸なあなたへ  作者: 木鳥
最終章・優作
229/243

   結果③


「ぶわあああああん! 皆さん凄いですううう!」


 孝宏と一緒に喫茶店の中に入ると、カウンター席で串木野先生がグラスを片手に号泣していた。

 酔っ払いがやけ酒でも飲んでいるかのように、空のグラスが幾つも近くに置かれている。

 串木野先生はお酒を飲んだら犯罪臭が凄いので、マスターが飲ませないと言ってたけどもしかして飲んでしまったか?


「先生何で泣いてるんだ?」

「ああ、何でも先輩たちが全員合格したのが嬉しくて、感極まっちゃったらしいです。このパーティーで改めて込み上げてきちゃったらしくて……」

「あはは、流石串木野先生だね」


 孝宏は軽快に笑うけど、先生はもう顔がぐちゃぐちゃになるくらい泣いている。

 思い出し泣きでこんなになるということは、聞いた当初は凄かったんだろうな。


「一年生の間でも、串木野先生が連日学校で号泣してるのは噂になってましたよ! 先生ったら、一人でも連絡が来たら電話越しに号泣してたらしいです」

「信じられないけど……、先生ならやりそうだな」

「優作さん!」

「うお! 気づかれた!」


 先生が俺に気づいて胸倉を掴んできた。

 いつもはひ弱いイメージなのに、凄い力で下に引かれ座っている先生と視線が合う。

 滅茶苦茶、潤んでるな……。


「いい子ですねー、えへへ」

「先生、お酒飲んでませんよね!?」


 子供のように頭を撫でられてしまう。

 顔もいつもより赤いし、この人本当に酔っていないか?

 というか全員の前でこんな事をされると……、あ、友華が睨んでる。


「お酒―? 飲んでませんよー、ジュースですー」

「マスター!?」

「ウチは何も知らんわ! 先生にお酒出すのは絵面がアカンから出してはない筈や!」

「あ、ごめん、僕が出しちゃった……」

「「幸燿さん!?」」


 犯人の幸燿さんが苦笑しながら手を挙げた。


「え、だって先生は二十歳超えてるんだよね? お酒飲んでも大丈夫じゃないの?」


 串木野先生は見た目が子供だからお酒を飲んだら事案っぽくなるけど、幸燿さんにとってはそんなの些細な問題らしい。

 本当にどうして俺たちがこんなに焦っているのか不思議そうな目をしていた。

 アリスの父親だけあって、驚くほど純粋な人だ。


「そ、それはそうやけど……なあ」

「うん。犯罪っぽいよね、僕にはそう見える」

「まあ、法律上は良いのだろうけど、見る人が見たらって感じはするわね」

「らに言ってるんれすか! もっと、持って来いれす!」

「呂律が回ってないっすよ! ああもう、何でこんなになるまで飲んだんですか!」


 先生から酒の入ったグラスを奪い取る。

 これ以上飲ませたら危ないだろ、流石に。


「ああ! 意地悪……」

「んなむくれても、無理なもんは無理っすよ」

「うう……」


 う、上目遣いは反則だろ……。子供を虐めたみたいで罪悪感が襲ってくる。


「あう」

「先生!?」


 先生は突然糸が切れたようにガクリと机に突っ伏した。

 そこまで嫌な事だったのか!?

 慌てて駆け寄ってみたが、うつ伏せで泣き上戸になっている様子は無い。


「……すぴー」


 というか、規則正しい寝息を立てていた。


「何だ、寝ていただけかよ……」

「騒ぎに騒いで一瞬で寝るとか、本当に子供みたいだね」


 全員が半ば呆れていた中、アリスだけがクスクス笑っていた。

 その時、マスターの視線を感じる。

 見るとマスターは何やら思いついたように目くばせをしてきていた。

 この人と知り合ってから既に二年近く経つ。

 その目くばせが、名案を思い付いた事を俺に知らせていることは簡単に分かった。


「全く、先生もこんな所で寝たら風邪ひくで! アリス、山元と部屋に先生運んで来てや!」

「っ!」

「うん。わかった」


 マスターはこの状況にかこつけて俺とアリスを二人きりにしたいらしい。

 今日告白しようと思っている俺からしたら、願ってもない提案だ。アリスも疑うことなく頷いている。


「あ、でも私だけでも先生なら運べると思うよ?」

「アリスちゃん、二階に行くには階段を歩くでしょ。先生がいくら軽くても女の子一人じゃ危ないよ」

「お、おう! そうだよな! 先生を持つのは俺に任せてくれ!」


 孝宏のアシストに乗っかる形で串木野先生を背負う。

 軽すぎて重さを全くといっていい程感じなかった。これならアリスでも簡単に背負えそうだけど、マスターが機会を作ってくれたのだし黙っておこう。


「おっし! じゃあ行くぞ!」

「……? 山元、何か妙に張り切ってるね」


 緊張を隠すために若干食い気味になったけど、アリスは店の奥に入って案内をしてくれた。

 


――――――――――――――――



 喫茶店の厨房から店の奥に入ると、玄関と二階に続く階段がある。

 アリスと一緒に階段を上り、最初にリビングを通過して二階の最奥にある扉の前に行く。 

 前に一回だけ来たことがあるけど、ここがアリスの部屋だ。


 ここまで移動する間にもアリスの後ろ姿に視線が何度も動いてしまった。

 長い銀髪がアリスの動きに合わせて揺れるのを見るたびに、胸の中で何かが高鳴るのを感じた。

 というか、アリスの通った後は何でこんなにいい匂いがするんだよ。女子って凄いな。いや、アリスだからか。

 きっと俺がアリスを好きだから、その一挙手一投足が気になって仕方が無いのだ。


「あ、ねえ山元」


 扉の前でアリスは立ち止まった。


「どうした?」

「少しここで待ってて貰っていい? いまから本当にちょっとだけ片付けて来るから。ちょっとだけ」


 バタン。

 俺が返答する前にアリスが部屋に入って扉を閉める。

 前に来たときは勉強机や棚などの必要最低限の家具しかなかったけど、何か散らかる要素があるのか?

 まあ、女子の部屋に入るんだし男の俺が来たら色々と抵抗はあるか……。俺もアリスが部屋に来るってなったら、焦って一日中片付けするし。


「いいよ! はあ、はあ!」

「大丈夫か? 偉く疲れてるぞ」

「だ、だいじょび。片付けしてただけ」

「そ、そうか。まあ、入るぞ?」

「うん、どうぞどうぞ」


 荒い息でアリスが出てきて驚いたけど、部屋にそのまま入室する。

 アリスの部屋は片付けまでしていたのでよほど散らかっていたかと思ったけど、前に来た時と全然変わっていなかった。

 白い壁紙の部屋にベッド、勉強机、服を入れている棚、剥き出しのフローリング。

 高校生の女子らしくは無い不思議な空間が空いた部屋だ。

 アリスはミニマリスト、みたいには見えないんだけど。


「先生はここでいいか?」

「うん。ベッドの上に寝かせていいよ。毛布も掛けるね」


 先生を置くとアリスが直ぐに毛布を掛けた。

 相変わらず規則正しい寝息で、気持ちよさそうな顔をしていた。


「先生、大丈夫かな? 顔もちょっと赤いままだけど」

「大丈夫じゃないか。酒で酔ってるだけだし」

「そうだよね、あはは」

「お、おう。だよな」

「……」

「……」


 え、ナニコレ。

 凄い気まずい。

 最初はアリスが、一階に戻らないようどうにか引き止めないといけないと思ってたのに。

 二人して串木野先生の横で立ったまま固まっている。


「……」

「……」

「「っ!」」


 今まで目を泳がせて部屋中を見ていたのに。一瞬アリスに移した瞬間視線が重なった。

 互いにびくりと体を震わせてしまう。


「……」

「……えっと、山元。恥ずかしい」

「わ!? すまん!」


 アリスを見つめすぎてしまった。

 えっと、どうしよう。今か。今言うのが良いのか?


「な、何か変な感じだね。私の部屋に山元がいるって」


 アリスがそう言って微笑む。

 その顔は薄っすらと紅潮しているように見える。


 ――よし。

 決めた。

 二人っきりで、ここまで雰囲気もいいんだ。

 言うなら今しかない!


「あ、アリス。少しいいか」

「あ、うん。どうしたの?」


 アリスともう一度、視線を重ねる。

 その蒼眼に吸い込まれるようにもう二度と逸らしたくないと思う程、俺はアリスに釘付けだった。


「その、俺さ」


 心臓が口から飛び出しそうなくらい激しく動く。

 もう自分の声も聞こえないくらい、緊張が高まっていた。

 これを逃したらもうチャンスは無いと思え。

 言え。 

 言え!


「アリスの事が」


 二年前に最初に出会った時から、ずっと惹かれていたんだ。

 どんな時でも明るくて、誰とでもすぐに打ち解けられて。

 自分よりも他人を優先する不器用な生き方を、羨ましいとも支えたいとも思った。

 彼女が笑顔でいられるように、俺に出来ることなら何でもしたい。

 俺が一番近くでアリスを支えたい。

 そんな思いを、伝えたいんだ。


「――好きだ!」


 目の前のアリスに、俺は思いを伝えた。

 やっと言えた。

 溜め込んでいた気持ちが、重い蓋を押し上げて喉を通過していった。

 それでも、動悸は激しいままだ。

 返答を聞いていないから。


「――っ」


 見るとアリスは口元に両手を当てて、動揺している。

 瞳の中が潤んでいるようにも見える。

 顔はもうリンゴのように真っ赤だ。多分、俺も。


「アリスの気持ちも聞かせてほしい……」


 そういうと、アリスは手を胸に当てて俺と視線を重ねる。

 そして。


「……ごめんなさい!」


 頭を下げた。


「……へ?」


 アリスの返答は、俺の望みとは天と地ほどもかけ離れたものだった。


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