結果②
以前受験をしに来た会場に、今度はあの時よりも神妙な面持ちで向かう。
今日は受験合格者の番号が掲示板に貼り出される日だ。
俺が到着した時間にはすでに多くの学生で掲示板周辺が埋め尽くされていて、友達と喜びを分かち合っている人もいれば、大きな声ではしゃいでいる人もいた。そうなる程全員が努力を積んできていたのだろう。
でも中には、その場で泣き崩れたり俯いて落胆している人もいる。
努力が等しく報われるものじゃないことを、この場所は残酷なまでに教えてくれる。
周囲に圧倒されながらも俺は人波をかき分けて、自分の番号を探しに行く。
右手に受験番号をメモしたスマホを持って、左上から順番に目を通していった。
その間にも周りでは歓喜の声と、絶望の声が聞こえる。
正直、この状況に自分がいることが今でも信じられなかった。
だって、今俺の周りにいる奴は大半が真面目な学生生活を送ってきた奴だ。その中に、高校一年の頃は授業にも全く出ていなかったし、二年の後半までは学年でも最下位クラスの成績だった俺が混じっている。
この一年は本当に寝る間も惜しんで勉強してきた。
飛鳥や孝宏が俺の壊滅的な学力を見て、中学生の勉強から教えてくれたり。
友華が難問に苦戦している俺に、嫌がることなく解説をしてくれたり。
串木野先生は俺の事をとても気にかけてくれて、少しでも成績が上がれば自分の事のように喜んでくれたり。
アリスや鈴音、七海や燈子も、俺の息抜きに付き合ってくれた。
俺は色んな人がいて、人に恵まれていたからここに立っているのだ。
だから、心の中にある不安の大きさと同じくらい確信を持っていた。
他の誰よりも恵まれた環境にいた俺は――。
「……あった」
絶対に合格すると。
ぼそりと口から出た言葉は周囲の喧騒にかき消されたけれど、どくりと跳ね上がった心臓の動悸はこれが現実だと教えてくれる。
「……っしゃ!」
叫びたい程嬉しかったけど、それでは周りに迷惑がかかる。
俺は、小さくガッツポーズをして高揚感に包まれながらその場を後にした。
会場を出て直ぐの横断歩道で信号待ちをしている時に、スマホをいじって電話を掛ける。
最初に誰にこれを伝えるのかは実はもう決めていた。
相手も時間を待っていてくれたのか、一コール目で直ぐに電話に出る。
「――串木野先生、俺、受かりましたよ」
そういった直後、スマホから串木野先生が号泣する声が聞こえた。
――――――――――――――
「それでは、全員無事合格したことを祝ってかんぱーい!」
「「「「かんぱーい!」」」」
孝宏の音頭と共に、全員でグラスを空に掲げる。
アリスの家で合格祝いの祝賀会だ。
オカ研は全員が無事に第一志望に合格していたので、気兼ねなくこういった場所を用意できた。
マスター達もお店を貸し出すことに肯定的で、というかマスターたち自身がこの会を開きたかったらしくて驚くほどトントン拍子に話が進んでいった。
新旧オカ研の部員と顧問の串木野先生がいるので、アリスの両親も合わせて十人でのパーティーだ。
「山元、改めて合格おめでとう」
「ああ、ありがとな」
テーブルには多くの料理が並べられバイキング形式で皆が好きな料理を皿に取っている。
パーティーが始まるや否やアリスが笑顔で俺を祝ってくれた。
「アリスも料理学校受かったんだよな。おめでとう」
「うん! 実は今日のも私が作ったやつがあるんだよ」
「そうなのか? なら尚更楽しみだ」
「ふふ、当ててみてね」
「任せろ、いつも昼に食べてた成果を見せてやる」
「えへへ、期待してるね」
アリスは本当に楽しそうに、にへらと砕けた笑みを浮かべる。
この前から意識しまくっているからか、以前に見たことのある表情でも凄く可愛い。何でこんな美少女が俺の身近にいたのか理解できない程には可愛い。
うん。かわいい。
「優作とアリスちゃん何の話してるの?」
鬼のように皿に料理を盛りつけた鈴音が寄ってきた。
鈴音も保育士になるためにその手の専門学校に通うらしい。
「アリスの料理の話をしてたんだ。鈴音は最近忙しそうだけど、何かしてるのか?」
「家の事情?」
俺たちの質問に鈴音は苦笑いしながら頷く。
最近の学校ではよく奨学金関係の相談を教師としているのを見かけるし、鈴音は受験終わりで一息着く暇も無さそうだ。
「あー、まあそんな感じ……。大学生になったら独り暮らしをするからさ色々と手続きが多くてね。一個一個が面倒で大変だよ!」
明るくそう言うけれど、鈴音の苦労はかなりのものだろう。
親がいないので施設暮らしだから、そこを抜けての独り暮らしを始めるには多くの手続きがある筈だし。
「ほんとに大変そうだね……」
「わかるぞ。受験終わっても色々とあるから面倒だよな」
「あれ? 山元も?」
「優作も奨学金の手続きだよね。この前書類貰いに来てたし」
「おう。まあ、俺のは鈴音ほど複雑じゃないけど」
少し空気が重くなった。
こんな話、祝いの席でするもんじゃないな。面倒なことを考えて気が沈む。
「よお! なに辛気臭い顔してんだ!」
孝宏が良いタイミングで話しに入ってきてくれた。
こいつの事だから雰囲気を察知して割り込んできた可能性もあるな。
「優作、ちょっと話あるからこっち来いよ!」
「お、おう!」
そうして嵐のように俺をアリスたちから引き離す。
あっという間にお店の裏手に連れてこられた。
「悪い! 正直助かった!」
手を合わせて礼を言う。
孝宏は呆れたように肩を落としながら、目を細めた。
「本当だよ、今日はお前の決戦日なのに雰囲気下げるなよな」
「お、おう……! 何か改めて言われると緊張するな」
この場では孝宏とマスターだけが知っているのだが、今日のパーティーで俺はある行動を起こそうと思っている。
受験も終わり、一段落している今だからこそずっと溜め込んでた思いを暴露する機会だ。
「ついでに最後の確認だぞ。本当にするんだな?」
俺は大きく頷いた。
今までなあなあにしていたけど、そろそろはっきりさせないといけないし。
何より、このままの関係を続けるのは俺自身耐えられなかった。
もう一歩彼女に近づきたいと、思ってしまったのだ。
「ああ。俺は今日、アリスに告白する!」