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幸福に生きたい不幸なあなたへ  作者: 木鳥
最終章・優作
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七十四話・結果

「優作、少し話があるの」


 早朝、家を出ようと玄関で靴を履いていたら、珍しく母さんに呼び止められた。

 こんな日に限って何で声を掛けて来たんだよ……。

 不快感だけが強くなり、それを隠すこともしないで応答する。


「何だよ、今日は受験だ。頼むから関わらないでくれ」

「……話を聞いて。時間かからないから」


 振り向くと、母さんはくたびれた長袖のシャツにメイクもしていないので皺まみれの顔のまま玄関まで来ていた。部屋から出るときは化粧を欠かさないのに、朝早いからこんな姿で出て来たのか。

 普段ならここで会話が中断するのに、今日はやけに食い下がって来る。

 直前まで勉強をしていたから、余計な会話は頭に入れた単語が抜けてしまいそうで怖い。

 だから、俺は母さんに関わっている暇なんてないけど、ただならぬ雰囲気を感じたからその場で立ち止まった。


「直ぐにすませてくれ。用事って何だよ」


 母さんは安堵したように、笑みを浮かべる。

 それすらも今の俺には醜いものに見えた。育児放棄をしてまともな食事すら作らない癖に、何でこんな顔が出来るんだよ……。


「ありがとね。……あなた、本当に教師を目指すの?」

「ああ、そうだよ。悪いか?」

「悪くはない、けど……。その……」

「そんな話で引き止めんな。俺は、今日のために一年寝る間も惜しんでやってきたんだよ」

「……そう。が、頑張ってね」

「……」


 結局話しても大した内容じゃなかった。

 そんな話のために引き留めたのが気に食わなくて、勢いよく家の戸を閉める。

 心底気分が悪い朝だ。



―――――――――――



 列車に乗って受験会場のある大学に向かう。

 車内には俺と同じような受験生が何人も乗っていて、皆が食い入るように参考書を読んでいた。お経のように何かをそらんじている学生もいた。

 異様な緊張感が漂っていて、その空間にいるだけでプレッシャーに押しつぶされそうなった。俺も例にもれず苦手分野をまとめたノートを読んでいたけど、緊張のあまり頭の中に入ってこなかったと思う。


 一時間と少しの間列車に揺られ会場の最寄り駅に着く。

 人波に流されながら駅から出ると、改札の入り口には孝宏が立っていた。

 こちらと目が合うと手を振って来る。


「よお! 優作、こっちだ!」

「……何でお前が居るんだよ」


 待ち合わせの約束なんてしていなかったのに、当たり前のようにいるから呆れた。

 学校から俺以外にこの大学の受験を受ける人はいなかったはずなのに。


「まあまあ、偶々用事があって近くに寄ってたんだよ。遠くから見るだけにしてやろうと思ったのに、朝っぱらから辛気臭い顔した奴がいたら、声もかけたくなるもんだろ」

「どういう理屈だ」


 でもまあ、こいつが俺に激励をしたくてこんな所にいたのはわかった。

 普通は気を遣って受験前の学生には関わらない人が多そうだけど、孝宏っぽい行動の仕方だ。


「ま、ありがとな」

「お、素直だな。流石、直前の校内テスト一桁台!」

「やめろよ、一位のお前に言われても嫌味にしか聞こえない」


 去年の同じ時期は下から数えた方が早かったけど、俺の学力はこの一年で奇跡的な程成長した。

 それもこれも、放課後に勉強を教えてくれた友華や孝宏のおかげだ。


「まあお前は僕よりは馬鹿だけど、いつも通りにやれば大丈夫だろうよ」

「一言余計なんだよ、もっと上手く元気づけてくれ」

「っふ、そういうと思って。ほいこれ」


 孝宏がポケットから取り出したものを差し出す。

 見るとそこには六つのお守りが入ったレジ袋があった。


「……えっと、これは?」

「オカ研の皆で合格お守りを買ったんだ。一人一個」

「いや多すぎだろ! え、普通、皆で一個買うとかじゃないの?」

「そのつもりだったんだけど、何かいざ買いに行ったらこうなった。僕は止めたよ」


 孝宏が遠い目をしている。

 多分こいつは止めてくれたけど、女子陣が聞いてくれなかったのか。

 これも、あいつららしい応援の仕方だな。

 これを買ってくれた時の光景が脳裏に浮かんでしまって、クスリと笑みがこぼれる。


「っふふ。そっか。貰っとくよ」

「おう! 頑張って来いよ!」

「ああ、行ってくる」


 悪友からの応援を背に会場に向かっていく。

 何かみんなの事を考えていたら、俺が抱えていた不安も消し飛んだ気がする。

 我ながら単純だと思うけど、しっかりと後押しされてしまった。

 人よりスタートは遅かったけど、その分努力はしてきたつもりだ。

 それは多くの人に支えられたから、こんな俺にも出来た努力。一人だったらきっとどこかで挫折していたに違いない。

 だから俺は、自分のために動いてくれた多くの人に感謝しながら受験会場に入るのだった。


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