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幸福に生きたい不幸なあなたへ  作者: 木鳥
最終章・優作
223/243

   マスターの憂鬱②

「ただいまー」

「ちーっす」


 アリスを先頭にして喫茶店司に入る。

 相変わらず店内の雰囲気だけはお洒落だ。シックな大人の喫茶店であり、席でパソコン片手に仕事をしている人がいても全く違和感が無い。

 雰囲気通りのお店だったらもっと繁盛しそうなのに、問題はここの店員だ。


「お帰りアリス! 待っとったで! 疲れたやろ、席に座りや。坊主は床でもええよな」

「客だぞ俺」


 いつも通りの扱いの酷さにも慣れてしまった。

 マスターはアリスに対して激アマなのに、何で俺にはこんなに当たりが強いのだろう。

 アリスが座ったテーブル席の向かい側に腰を下ろす。

 マスターはそれを確認してから、トレイに二人分のコップを載せて歩いてきた。


「ほれ、お水や。山元は今日の注文も炒飯でええんか?」

「ああ、それで頼む」

「私はオムライスで」

「了解、ちょいと待ちや。ちなみに山本、その水は一万円やで」

「悪質すぎるだろ……」


 マスターが厨房にいる幸燿さんに注文を伝えに行った。

 何故あの母親からアリスが生まれたのか永遠の謎だ。


「ふう、何かこうやって話すのも久しぶりだね」


 水を一口飲んでアリスが話を始めた。

 そういえば二人きりで話すのは随分前だった気がする。ここに来ても飛鳥や、最近では山川もよく店に来ているし。


「確かに。学校でも受験組とそうじゃない組で結構過ごし方変わったもんな」

「うん。私と鈴音以外は大学受験組だからちょっと寂しい。山元はどう?」


 そういう質問を振られたら、俺はなんて答えれば正解なんでしょうか?

 偶にアリスは無自覚でこんなことをしてくるから厄介だ。どう答えても俺が誤解されそう。


「そんなもん寂しいわけないだろ」

「……」

「寂しいよ、マジで」

「うん、よかった」


 捨てられた子犬のような目で見られたら否定できないだろうが。


「山元は今のところ、卒業したら教師になるんだよね?」

「大学行って資格取るつもりだ――って、何でアリスがそれを知ってるんだ? 孝宏と串木野先生以外に言った覚えないんだが」

「見てれば分かるよ。鈴音や飛鳥も気づいてる」


 思わず頭を抱えてしまう。

 まさか俺が必死に隠しているつもりだったことがここまで広がっているなんて。

 アリスでも気づいてるという事は学校中に広まっているんじゃないだろうか。


「ごっほん! た、確かアリスは料理人になりたいんだったよな」


 このままでは分が悪いので話の内容をすり替える。

 少し強引だったけどアリスには特に疑問を持たれることもなく、すんなりと答えてくれた。


「うん。でも……」


 即答で同意するかと思ったけど、意外にも歯切れが悪かった。

 綺麗な銀髪を指にくるくる巻いてわかりやすく悩んでいますといった顔だ。


「何か悩みでもあるのか?」

「……実はさ、ほら私って山元に会う前は体が結構弱かったでしょ。将来お店で働けるかなって思って」

「ここ一年は学校も殆ど休んでないし、体調は普通だろ。今更そんなこと言ってどうしたんだよ」


 少なくとも高校に転入してきてからは、アリスが病気で学校を長く休んだことなんてなかった。俺と出会う前に一年も病床に伏していたけれど、それも幽体離脱して色々抱え込みすぎたアリス自身の遺志で行ってたわけで……。


「そうなんだけどさ。やっぱり不安が大きくなってて。皆よりも年上だし、進路のプレッシャーとか色々大きいんだよね」

「へえー」


 ……。

 待て。脳死で答えちゃったけど、今なんて言った?

 皆よりも年上?

 は?


「アリス、俺は誕生日が来ていて今十八歳だ」

「知ってるよ。高校三年生だもんね」

「お前は今何歳だ?」

「十九歳」

「何でだ!?」


 衝撃の事実に椅子から転げ落ちそうな程驚く。

 アリスが年上!?


「え、もしかして知らなかったの? ほら、私って一年間入院してたから、高校二年生を二回やってるんだよ。だからみんなよりも一年分年上。えへへ、ちょっとお姉さんなんだ」

「ほんとだ……。ずっと同級生だと思ってたぞ! 何で隠してたんだよ!」

「隠してないけど!? 山元以外みんな知ってるよ!」


 まさかアリスが年上だなんて。

 知り合って一年以上たつのに全然気づかなかった。


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