友華の世界②
「ったく、何で自殺何かしようと、してんだよ……!」
屋上で地面に大の字で校長が寝転がる。
「……最初もこうしたから。その、もう先輩を諦めたのだし、今の自分を忘れたかったのよ」
「自暴自棄になった、っていう、ことか! 馬鹿が!」
落下しかけていた私を持ち上げたから、かなり息も荒くなっていた。
何でここにいるのか。
それよりも、もっと私は気になることがあった。
疲れている校長への配慮なんて忘れて、地面にへなりと座り込んだまま質問をする。
「その、お前のその顔って……何で?」
状況が理解できなさ過ぎて抽象的な質問だったけれど、校長は微笑んだ。
「悪いな。今まで、嘘を吐いてた」
「じゃ、じゃあ、お前は……」
私の中で何かが組み合わさっていく。
違和感は前から確かにあった。ただ気づいていなかっただけだ。
何で優作先輩が校長を必要以上に嫌っているのか。
何で校長は串木野先生の事を大切にするのか。
オカ研の部員を気にかけていたのも全て、理由があったんだ。
「ああ。俺は優作だよ。友華の先輩の、山元優作だ」
それはこの人こそが、救いたかった先輩だったから。
「嘘……。何でお前がそんなことをしているのよ? 何か能力を持っていたの? そもそも、元の世界では死んでいたんじゃないの? ていうか、何で髪が無いのよ!?」
「待て待て待て! 最初から話すから!」
顔を近づけすぎてしまっていたようで、優作先輩が慌てて離れた。
だってこんな状況で冷静でいろという方が無理がある。疑問だけが次々と湧き続けるので、勢いづいても仕方なかった。
「あ、わ、悪かったわ。驚いちゃって……」
「……あのな、俺の事を話すならまず最初に言わないといけないんだけれど、俺はお前のいた世界の俺じゃないんだ」
「ええ、それはわかるわ。私の世界では優作先輩は死んでいるもの」
そうでなければ私はこんなことをしていないわけだし。
優作先輩は頷いて、寝っ転がっていた姿勢から起き上がった。その表情はいつもの校長よりは柔らかいもので、私の知っている先輩らしい笑みだ。
「俺はな、友華が救ってくれた世界から来た山元優作なんだよ」
「はあ? 私の救った世界?」
「多分、俺が死なない時間の流れを作る方法を見つけたんだよ、その友華は。まあ、最悪な方法だったけどな」
「ま、待って。つまりお前も、私と同じ能力を持っていたって事なの!?」
そうとしか考えられない。
この前演技をしていた孝宏先輩を除けば、優作先輩だけ記憶が少し残っていたのもその力の影響だと考えたら筋は通ってしまう。
「えっと、お前の能力とは違って使うのには条件も多いけど、少しは似た力だと思う。……俺の世界ではな友華が自分の命を犠牲にして、皆の運命を変えたんだよ。そしてそれに気づくくらいこの力が大きくなったのは四十近くになった時だった。そこで初めて孝宏から全部聞かされてな。居ても立ってもいられず力を使ったってのが、簡単な流れだ」
優作先輩も過去に戻ることが出来た……。しかも先輩の世界には私がいなくなっていた?
私のいた世界とは全く真逆の出来事が起こっていたということなのか。
でも、そこまで聞いて優作先輩がここにいることが分かっても。
納得できない部分があった。
「だとしたら、だとしたら何で! お前は私に正体を隠していたのよ!? 私がやり直していることを知っていたのに、何で黙っていたの!?」
思わず声を荒げる。
怒っている訳ではない。
先輩が私を見捨て続けていたようで、悲しかったのだ。
「それは、俺だって直ぐにでも正体を言いたかったし、友華を助けたかった」
「じゃあ……、どうしてなの?」
「……俺の力は、時間を自由に行き来できるけど一生で二回しか使えないんだとさ。孝宏が未来の俺から聞いた話だから間違いない。だから、友華を元の時間に連れ帰ってやることは出来ないし行くなら俺のいた二十年以上も後の未来だ。そこに、お前を連れて行っていいのか悩んでたんだよ。天才のお前なら、もしかしたら死なずに俺を助ける道だって見つけるかもしれないし、一番はそれが実現できることだしな。それに俺を諦めても、お前なら元の時間に帰れないなりに幸せになる方法なんて無限に見つけられるだろ。こんな四十近くのおっさんのせいで、友華の人生を壊したくなかったんだ」
先輩は、本当に後悔しているのか凄く辛そうに目を細める。
「でも、今の友華は本当に心が不安定だ。自殺なんて馬鹿な方法でこの世界からいなくなろうとするくらいにはな。長い事時間を移動し続けたからだろ。――そんなになるまで今までの俺が見過ごし続けて来たって事だ。……ごめんな」
深く腰を折り曲げて私に謝罪してきた。
立ち上がって優作先輩の頭部を見下ろす。
この人は、私を救いたかったのにそのせいで私の人生を滅茶苦茶にしてしまう事を恐れて今まで赤の他人のフリを続けていた。それが私が校長として接していた先輩の真実だった。
……それを思うと、今度は悲しいとかじゃなくてはっきりと怒りが込み上げてきた。
「顔を上げなさい」
「ああ――っ!」
上がっている途中の先輩の顔を思いっきり叩いた。
先輩は体勢を崩して地面に尻もちをついてしまう。
「な!? 友華、お前――」
「見くびらないでほしいわ! 何が私を不幸にしたくないよ! 何が天才の私ならもっといい方法が、よ!」
身長差はニ十センチほどあるけど、先輩の胸倉を掴む。
地面に倒れていた先輩にのしかかるような形になった。
「馬鹿! 大馬鹿! すっごい馬鹿!」
何度も体を揺さぶっても先輩は抵抗一つしないで、ただただ無言だった。
「私はお前が思っている以上に弱いの! 普通の人よりもずっと寂しがりなの! 私には、お前しかいないのよ! お前と一緒にならないで、幸せになる方法なんて考えられないのよ! 心配で力を使ってくれたのなら、強引にでも連れ出してよお……」
最後の方で自分の中にある感情がぐちゃぐちゃになり、涙が出てきた。
優作先輩は優しい。私は先輩のそこに惚れてしまった。
不器用な癖に人を思いやって空回りすることもあるけど、そんな先輩を慕う人が何人もいるくらい凄い人なのだ。
思えば、校長だと思っていながらも私は普段の生活から困ったときのアドバイスとか色々な事を頼り切っていた。
終わりのない底なしの海を潜っている気分だったのに、ずっと、愛しい人の優しさを味わっていたのだ。それにすらも気づけず、こんなに繰り返してきたけど……。
「私は、お前が居てくれればそれだけでよかったのよ……」
先輩の胸に顔を埋める。
自分の馬鹿さに嫌気が差した。
「友華……ありがとう」
先輩はそう言って私の肩に手を置き、顔を上げさせた。
確かに年を取ってしまってけど、根本は何も変わっていない。私の好きで好きで堪らなかった人が直ぐそこで微笑んでくれていた。
涙でぐちゃぐちゃの顔が恥ずかしいので、鼻をすすって無理やり笑う。
「ごめんって言ったら、引っぱたこうと思ったわ……」
「その、俺も友華が好きだ。お前が居なくなったことをずっと引きずっていたから、直ぐに力を使っちゃうくらいには、大好きだ。だからさ――」
先輩が片膝立ちの体勢になって真っ直ぐに私を見つめてくる。
重なった視線は、先輩の不安げな気持ちと固い信念を伝えてくれた。
「この先の人生を俺と歩んでほしい」
夕日に照らされ、放課後の屋上で。
何十年も思い続けていた人に、そういわれて断る人間がいるだろうか。
私の答えは決まっていた。
「――はい」
この日、私は間違いなく世界で一番の幸せを手に入れた。