狂う世界④
三周目。
「いやああああああああああ!」
夕日が差し込む午後の通学路で鈴音先輩が喉が裂けそうな程の金切り声を挙げる。
悲痛な叫びが無力な私の心を絞めつけた。
優作先輩は私の目の前で動かなくなっている。
その上には今横転したトラックの積み荷になっていた鉄骨。先輩は大量の血を流し鉄骨の下敷きになっていた。
――ああ、また駄目だったのね。
「優作! 返事して! 優作!」
「鈴音。聞いてちょうだい」
「友華ちゃん何で落ち着いてるの!? 優作が!」
慌てふためく鈴音先輩の肩に優しく手を置く。
周囲にいた学生たちも騒ぎはじめ、何人かが駆け寄ってきている。
鈴音先輩が話せるうちに手早く済ました方がいいだろう。
「私ね、実は未来から来たの。時間を遡って」
目尻に涙を浮かべていた鈴音先輩が見たこともないような顔をした。
そして、私を睨みつける。
「今そんな冗談言ってる場合!? 優作が、事故にあったんだよ!?」
そう。恨むなら私を恨んでちょうだい。
先輩たちを助けるために来たのに、三回も失敗している私を。
今回のも私が悪いのだから。
「って、おわあ!」
突然、鈴音先輩が驚いたように私から離れる。
「すみません! 知らない人にこんなことを! 優作! 起きて!」
そして鉄骨の下敷きになった優作先輩を救出しようと躍起になる。
でももうだめだ。骨も潰れているし、出血もひどい。
もう、死んでいる。
「……ごめんなさい」
周りの声でかき消されるようなか細い声を空に放つ。
今回のでまた学んだ。
このパターンだと優作先輩が死んでしまう。
これを次の周に生かすのだ。失敗して落ち込む暇があれば改善点を考えろ。
大丈夫。
次はもっと。
上手くやる。
―――――――――――――――――
「この場所に移動するのは、どうにかならないのかしら……」
四回目のタイムリープ。
私はいつものように通学路の桜の木の上に立たされていた。
周囲を見渡す。
十メートルほど先では、先ほどの世界で亡くなった優作先輩が退屈そうに登校していた。
「今度こそ。助けるから」
自分にそう言い聞かせ私はタイミングを合わせて、木から飛び降りた。
「なるほど、友華ちゃんが時間を遡り始めて、これが四回目になるんだ」
放課後。
校長室で孝宏先輩と校長にこれまでの経緯を説明する。
私と先輩は来客用のソファに、校長は重厚なブラウンの木目調なデザインが特徴的な校長席に座って。
この流れも毎回の事。
「そうなのよ。前回は二回目の反省を生かして優作をアリスと接触させずに下校したんだけど、そしたらお前の能力で鈴音から優作に死の未来が変わったって言われて。何か対策を取る暇もなく終わったわ」
「ごめん。僕の未来視は狙った人の未来は数秒後しか見えないんだ……。基本はリモコンに手が当たってテレビがつくみたいに、生活してて突然脳に光景が浮かんでくる感じなんだよ」
孝宏先輩が申し訳なさそうに合掌して軽く頭を下げてくる。
そんな態度を取られてしまっては、私の方が罪悪感に駆られる。
「別にお前を責めている訳じゃないわ。お前の能力は誰に危険が迫っているのかわかるから、結構頼りにしているのよ」
「ありがとう。少しでも力になれるように頑張るよ」
今回はこのタイミングで情報の共有をしておこう。
前回は自分の中で情報の整理をするのが手一杯だったので、校長や孝宏先輩に諸々を伝えるのが遅れてしまった。
「ええ。あ、そうだったわ。伝えないといけないことがあるの。来年アリスっていう生徒が私が創るオカ研に入るのだけれど、その子も能力者の可能性があるのよ」
「……凄いサラッと言ったね」
若干孝宏先輩に呆れられたが、校長は訝し気に眉根を寄せた。
「その根拠は何だ」
「アリスが転入するのは来年の六月なのだけれど、調べてみたら今から二か月後にアリスは原因不明の眠りにつくのよ。そして魂だけの幽霊になってこの町を徘徊するの」
「え、友華ちゃん大丈夫?」
「斉場、私たちも大概なのだから受け入れるしかあるまい」
この話が信じがたいのはわかるけれど、校長の言うとおりだ。
私もアリス先輩の事を調べながら、三回の学生生活を送って確信できたのだし。
アリス先輩の件も大切だけれど、こんなところで足止めを喰らっている暇はない焦りが次第に強くなっている。
「とりあえずアリスの事情も頭に入れておいてほしいわ。一番の問題はその日になると誰かが死ぬってことよ。今のところ鈴音が二回、優作が一回ね」
「ううむ。例えばだが、坂上や山元に関わらずにその日を過ごしてみてはどうだ? 貴様が関わることで斉場の未来視が変化しているのかもしれん」
「そうなの?」
初めて聞く情報に首を傾げる。
その答えは孝宏先輩が話してくれた。
「僕の能力は同じような能力者持ちには効きにくいんだ。数秒先の未来も狙ってみるのは出来ないくらい。だから能力者が関わったら未来がブレるのは可能性としてあると思う」
「本当に何なのかしらねこの力。特に私のは使い勝手が悪すぎるわよ。一年前に戻されるなんて」
「あ、ていうことは友華ちゃん精神年齢的には二十歳なの!?」
「そういうことね。というわけで校長、家でお酒飲んでいいかしら」
「その現場を確認し次第反省文だ」
睨まれた。
冗談はさておき、四回目の学生生活の始まりだ。
今回でアリス先輩の件は終わりにしてみせる。
あの日に誰も死なないように、嫌という程思い知らされている自分の無力さを振り絞って必勝の一手を見つけるのだ。
三回も失敗したのは生まれて初めての事なので、悔しくて喉の奥に綿が詰められたような息苦しさに襲われたけれど。
まだ、私の心は死んでいない。