狂う世界②
「――という事があったんだよ」
優作先輩から放課後に聞かされたのはオカルトな話。
悩んだような顔をしているけれど、耳を疑うような内容だった。
「ええと、どこからツッコめばいいのか分からないけれど、帰り道で幽霊に会ったの?」
「ああ。あれは人間じゃない。トラックに轢かれて生きてたんだよ」
「ちょっと待ってて、いい病院調べるから」
「嘘じゃないって!」
優作先輩は不服そうに抗議してきた。
私は幽霊の存在を否定するわけではないのだけれど、突然そんな事を言われて直ぐに信じられる程子供でもない。
「だってねえ……。お前はそんな冗談言うようには見えないけど、信じられないわよ」
「まあ、気持ちはわかるけどよ。鈴音に話したら都市伝説っぽい解決方法言われてさ、もうお前くらいしかこんな相談できる奴いないんだよ」
頼む、と手を合わせられてしまう。
ぐ、この先輩は私の気も知らないで……。
好きな人から子犬のような目でこんなことをされたら、断れるわけがない。
「わ、わかったわよ。そうね。私が今日現場に行ってあげるから、そこで一緒に考えましょう。幽霊の正体が何なのか私が見抜いてあげるわ」
「正体って……、まあ、来てくれるのならそれでいいけどよ」
「二人とも何の話してるのー!」
「わっと! 鈴音か! 重いから背中にのしかかって来るな!」
「女子に重いって失礼だよー!」
鈴音も来て部室が一気に騒がしくなってきた。
そういえば優作先輩は私の前に鈴音先輩に話をしていたと言っていた。オカルト好きな鈴音先輩はどんな意見を出したんだろう。
「優作が昨日幽霊に会ったっていう話よ。鈴音はどんな解決策を提案したのかしら?」
「ああその話? 多分聞いた感じ地縛霊の類だと思うから、成仏させるならこの世にある未練を解消してあげるとかだと思うって言ったよ」
「地縛霊って、確かこの世に強い未練があって特定の場所に留まり続けている幽霊だったかしら?」
「大体そんな感じだよ、優作が見たって言うのなら嘘じゃないと思うし、今日確認に行こうと思ってた」
鈴音先輩も私たちと同じことをするつもりだったらしい。
「ならお前も一緒に来ない? 私と優作は今から現場に行くつもりよ」
「今からか!?」
「もちろん行くよ! あ、孝宏はどうする?」
「孝宏は今日、宿題をしてなくて飛鳥に捕まってるわ。解放されるまで時間かかるでしょうね」
「三人で行こっか」
全員が全く同じタイミングで頷き部室を後にする。
あの人は何でこんな日に限って部活に遅れるのだろうか。
そんな事を思いながらふとスマホの画面に目を落とすと孝宏先輩から連絡が入っていた。
――僕の能力で見えた。今日鈴音ちゃんが車に轢かれるかも。
内容はそんな縁起でもないこと。
私は一瞬動きを停止させてしまったが直ぐに我に返る。
「えっと、少し電話するからお前たちは先に行っときなさい」
「電話? 孝宏にか?」
「誰でもいいじゃない。しっし」
変に勘のいい優作先輩は私の表情の細かい変化に気づいて心配そうな視線を送ってきたが、それに構っている余裕もなかった。
人払いを済ませ、孝宏先輩に連絡する。
飛鳥先輩に捕まっているので不安だったが、無事に応答してくれた。
「もしもし、友華ちゃん」
「……あのメッセージ。どういうことかしら」
「ごめん。実は、僕もついさっき見えたんだ。今日の放課後。住宅街の交差点で、鈴音ちゃんが車に轢かれる映像だったよ」
「奇遇ね。今からちょうど住宅街の交差点に向かうところよ」
「そっかぁ……。鈴音ちゃんはそれから外した方がいいよ。何か適当な理由でもつけて」
「そうさせてもらうわ。でも、そんな簡単に未来は変わるものなのかしら?」
「わからない。単純に変えられる時と、どれだけ気を付けても変わらない時がある。人が死ぬような未来なんて初めて見たから、今回がどっちなのかは僕にも上手く言えない。ごめん」
「そう……。今回は前者であることを祈ってるわ」
そう言って私は孝宏先輩との通話を切った。
あまり遅くなりすぎても優作先輩に何か疑われるだろうし、今何をするべきなのかは理解した。
二人に追いつくように小走りで移動していると、靴箱で待っていてくれた二人と合流する。
「お疲れ友華ちゃん。誰と喋ってたの?」
「昔からの知り合いよ。それよりも鈴音、校長がお前の事さがしていたわよ。成績の事で話があるとか言っていたわ」
「ギク!」
ここに来る道中で校長にはその旨を伝えている。
こんな時のための協力者だ。鈴音を足止めしてもらう役を任せた。
鈴音先輩は元居た世界ではこんな日に死ぬような話を聞いたことは無い。私が何か手を打っていたのだろうけど、今回一番の有効手段は鈴音先輩を現場に向かわせないことだからこの方法でいい。
「そ、そうなの?」
「行ってきたらどうだ? 校長って怒ると本気で怖いから早めに行った方がいいぞ」
「さ、流石昨日体験したから言うこと違うね……。行ってきまーす!」
鈴音先輩はさっそうと全力疾走で校舎を駆け出して行った。
あんなに走ったらそれでプラスして怒られそうだけど、それだけ焦っているという事だろう。少し大げさにやりすぎた。
「じゃ、今日は俺たちだけで行くか」
「ええ、任せなさい。お前が見た幽霊くらい鈴音無しでも私が解決して見せるわ。というかむしろあれね、私がいたら余裕ってやつ。余裕のよっちゃん。ええそうだわ、この友華に出来ないことは無い。みたいな感じね」
「うるさいな。行くぞほら」
と、いう訳で私と優作先輩の二人で幽霊調査という突拍子もない事をすることになるのだった。
初めてのオカ研っぽい活動。それに少しだけ胸が浮足立っていたけれど。
孝宏先輩の見たものに、どうしても後ろ髪を引かれた。