六十七話・狂う世界
オカ研が校長の根回しによって無事に三人で設立できた後、私は一年の時を過ごした。
先輩たち、今は後輩になっているけれど、その人たちと過ごしたこの一年は二度と来るはずの無かった時間を私に体験させてくれた。
過去に戻り優作先輩の死の阻止。
そのターニングポイントとなる瞬間は着々と迫ってきていた。
楽しい時間ももうすぐ終わり。
そんな事を知りもしない先輩たちは今日もいつものようにバカ騒ぎをしている。
「友華ああああああ!」
「うるっさいわね! いきなり大声出しながら入るのはやめなさい!」
優作先輩が部室に入ってくるなり大声を上げる。
今の今までパソコンで調べ物をしていたので、心臓が爆発しそうなくらい跳ね上がった。
「わ、悪い……。ってそんなことより! お前の力を貸してほしいんだ!」
「随分な慌てようね。お前がそこまで取り乱すのも珍しい」
優作先輩は乱れていた息を整えながら唇をかみしめる。
「実は、鈴音が料理研究会に捕まってな。俺と孝宏で奪還しようとしたんだけど、逆に孝宏も捕まっちまった……」
「ねえ、お前たちって私と同じ高校の生徒なのよね?」
本当にこの人たちは面白い事に巻き込まれる才能なら、日本一なのではないだろうか。
兎にも角にも状況の把握からだ。
「鈴音は何で捕まったのかしら?」
「新作料理の試食会に呼ばれたんだけど、それを断ったら無理やり連れて行かれたらしい」
「何で鈴音にそんなの頼むのよ。あの子、何食べても美味しい以外言わないじゃない」
「今度保育園のボランティアで出す料理だからだろ。あいつ保育園児と感性似てそうだし」
「ああ、なるほど」
納得。
というかそんな話なら鈴音先輩を無理にでも助けに行くような真似はしない方が良さそうだ。鈴音先輩もそこまで嫌がってるわけじゃないだろうし。ご飯を食べさせてもらえるのだから。
でもまあ、面白そうな話ではある。
「状況は理解したわ、面白い話じゃない」
「孝宏はどうでもいいんだけど、鈴音を何とか救出できないか? あいつ最近ダイエット中らしいんだよ」
「ふっふっふ、任せなさい! この私が面白いことに首を突っ込まない筈がないでしょう!」
先輩たちとの今を目一杯楽しむために、今日も今日とて全力でふざけよう。
私は優作先輩と一緒に料理研究会の部室である家庭科室に移動した。
「――あの中に鈴音がいるのね」
「ああ。っち、部室の前には見張りがいるな」
廊下の隅から顔だけ出して確認すると、料理研究会の部員とみられる一人の生徒が立っていた。
それ以外には見張りらしき人影はない。
「お前たちが最初に突っ込んだせいで警戒されてるわね。節子のやりそうなことだわ」
「どうする。正面から行ったらさすまたで返り討ちにされるぞ」
「治安悪すぎじゃないかしら。そうね。協力者を一人向かわせるわ」
「協力者?」
スマホでその人物に電話を掛ける。幸いなことに二発目のコールで出てくれた。
「あ、もしもし私よ。節子が嫌がる孝宏を性的に襲おうとしているらしいから力を貸してくれるかしら。場所は家庭科室よ」
電話越しの相手は即答してくれて、直ぐに電話を切られた。
「ふう。これで節子は排除できるわね」
「誰に電話したんだ?」
「来てからのお楽しみよ――って、もう来てるわね」
優作先輩と私がほとんど同じタイミングで家庭科室の前に視線を送ると、そこには茶道部の部長である千夜子先輩が立っていた。
「知覧を呼んだのか? あいつで大丈夫かよ」
「ええ、わざわざ誤解させてあげたのだし、それに千夜子は怒ったら怖いじゃない。ほら」
「本当だ。見張りが腰抜かしてどっか行ったな。あ、入った。……お、出てきた。山川大泣きしてるぞ」
「何とか誤解を解いたようね、それじゃあ戦意も喪失していそうだし千夜子が見えなくなったら行きましょうか」
「何でだ? 知覧のいる今行った方が脅しになるんじゃ――」
「私が嘘を吐いて大恥をかかしたのよ、会ったらどんな目にあうかわからないわ」
「……足震えてるぞ」
千夜子先輩がいなくなってから、私は家庭科室の戸を勢いよく開く。
「たのもー! うちの可愛い部員である鈴音を返してもらうわ」
家庭科室の中では鈴音も含めて殆どの生徒がこの世の終わりみたいな顔をしていた。
それだけ千夜子先輩が怖かったのだろう。
今度会うまでに高い急須でも買えば許してもらえるだろうか……。
「と、友華ちゃん!」
「僕のために!」
「誰よお前」
それぞれ椅子に縛り付けられた鈴音先輩と孝宏先輩が目を輝かせる。
料理研究会の部員は既に全員が絶望状態。この状況で反発する人なんていないだろう。
なので鈴音先輩の縄を解こうと椅子に近づく。
「さ、させませんわよ!」
しかし私の予想外の行動をただ一人だけ取った人物がいた。
ツインテールの赤髪。黙っていればモテるのにと誰もが思っている料理研究会部長の山川節子先輩が、六メートルほど先の教卓から私にロケット花火とライターを向けていた。
「……何の真似かしら」
「う、動いたら撃ちますわよ! 私は本気ですわ!」
「部長!」
「そ、そんな!?」
料理研究会の部員たちもその行動に衝撃を受けている。
どうやら私の行った千夜子先輩投入作戦は、逆に節子先輩の対抗心を煽ってしまったようだ。完全に自分を見失っている。
「落ちたわね。節子」
「うるさいですわ。いつもいつも私が負けると思わないことよ。このボランティア用に買っていた花火が、あなたの脳天を貫きますわ」
どうやら節子先輩は本気のようだ。
「そう、本当に、残念よ。優作」
「ああ」
私の声に合わせて優作先輩が節子先輩を背後から拘束し、ロケット花火とライターを取り上げた。
「あ、あなた、いつの間に!?」
「友華に、もしかしたらお前が何か仕掛けるかもしれないから待機しておくように言われたんだ。案の定そうなったな」
「く、くそおお、ですわ!」
優作先輩がそのやり取りをしている間に鈴音先輩の縄を解き終わる。
解放された鈴音先輩は、手のひらを何度か握った後に節子先輩に駆け寄る。
「節子ちゃん。私食べるよ。ご飯」
「あ、あなた……。でも。ダイエット中なのでは……」
「その分運動するよ。朝ランとか」
「鈴音さん!」
節子先輩が鈴音先輩に抱き着く。
うん。
いい話だ。
多分。
「あああああああ!?」
その空気をぶち壊すような声が家庭科室にこだまする。
何かデジャブな気もするが、優作先輩の大声だった。
「うるっさいわね。何よ突然」
「ライターいじってたら、えっと、すまん」
優作先輩が左手に持っていた物を頭上にかざす。
そこにはさっきまで節子先輩が持っていたロケット花火が。
導火線に火のついた状態で存在していた。
「どわああああ! 優作それどっかに投げて!」
「今水掛けるよ!」
「間に合わないですわ! この部屋で爆発させるのは勘弁してほしいのですけど!」
「どどどど、どうしよう友華!」
「ああもう、ほら! 外に投げなさい! 急いで!」
「おらぁ!」
私が空けた窓に向けて優作先輩が花火を投げる。本当美ギリギリだったようで、外に出た瞬間に爆発し、先端が向かい側の校舎に飛んで行った。
そして偶々開けられていた窓の中に突入する。
「あ、校長室に入ったわ」
私がそう言った直後、校長室内で先端が見事に爆発した。
煙が出ている校長室から、禿げ頭の校長が出てくる。サングラス越しでもこちらを睨んでいるのが分かった。激おこだ。
「……どいつの仕業だ?」
「優作君です」
「「「そうです」」」
「お前らああああ!?」
鈴音先輩監禁事件は優作先輩の尊い犠牲の末に解決した。
優作先輩は無事に帰りつくことは出来るのだろうか。
南無三。
――――――――――――――――
「なあ、友華」
次の日。
優作先輩は妙に思いつめたような顔をしていた。
私が部長席でスマホをいじっていたら、見たこともないような神妙な面持ちで入ってきたのだ。
昨日の校長からの説教で落ち込んでいるのだろうか。そんな人には見えないけど。
先輩の命を救うために。
この日が一つ目の大きなポイントになると、私は考えもしなかった。
「昨日さ、俺帰り道で幽霊に会ったんだ」
そんな世にもオカルトな内容を言われては。