六十六話・部員集め
新学期初日の放課後。
門の花静かに白し花雲、なんて俳句を四月のこの時期に原石鼎は歌ったようだけれど学校の窓から見える霞のような桜はその風情を存分に感じさせてくれる。
私は、一切興味のない詩人の気持ちを味わいながら校舎を歩いていた。
過去に飛んだにあたって、頼りになるであろう人物を訪ねるためだ。
「はーい、揃ってるかしら」
校長室の戸を横に引く。
緊張しているのでそれを隠すように軽薄な挨拶をしながら入ると、室内は豪華なソファにエアコンという学校外のお客を持て成すための豪勢な設備が揃っているのに華やかな空気とは程遠い地獄があった。
「や、やっほー。友華ちゃん。呼び方ってこれでいいのかな……」
「如月か。私だけでなく斉場も呼んでいるとはな。能力に関する話か」
校長先生と、今日の朝に優作先輩や私と同様に学校に遅刻した斉場孝宏先輩が気まずそうな顔でそれぞれ座っていた。
校長は黒いスーツにグラサンの禿げ頭なので、絵面はヤクザに捕まった高校生のよう。
「ええ。その反応ってことは二人とも私の事は知っているのね。今日の放課後はその話をするために時間を作っていたのだけれど」
校長には優作先輩と別れて直ぐに、この時間に伺うことを伝え。孝宏先輩には、校長から呼び出されていると嘘を吐いていたのに。
どうやら私の取り越し苦労だったらしい。
「えっと、孝宏? ……この呼び方も慣れないわ」
「気にしないでいいよ。少しずつ慣れればいいんだし」
「ありがとう。それで、二人とも何で私が未来から来たことを知っているの?」
そこは考察してもしきれないので首を傾げて聞いてみる。
この二人について知っているのは、孝宏先輩が未来視の力を持っていることくらいだ。
「僕は昨日の夜に、友華ちゃんが四年後の未来から来たって僕に話しかけてくる未来を見たから。信じられなかったけど、今朝話したら何かそんな冗談言いそうには見えないし……」
「失礼ね。お前の未来視も大概頭のおかしい力じゃないの」
「いやいや、僕のこれは狙った未来は数秒後のしか見えないし」
何故か苦笑いを浮かべる。
数秒先が見えたら十分だと思うのだけれど。
先輩は何かに後悔しているように少し俯いていた。
「私は……、まあ、似たようなものだ」
「歯切れ悪いわね……。私たちの能力を知っているのに自分だけ話さないのは公平じゃないでしょう?」
「貴様は誰に対しても同じ言葉遣いなのか。まあ、今は無視しておこう。――私の能力は、他人に話してしまうと二度と使えなくなる。これが理由だ」
校長は校長専用の豪勢な机に頬杖をついて、気だるそうにそう言った。
「なるほど……。信じる訳ではないけれど、私の能力も同じようなルールがあるから今はそういう事にしといてあげる」
「今後も話すつもりはないがな」
「関係ないわ。お前に関してはその権力を使って色々助けてもらうつもりだから。能力なんて頼ってないわよ」
「あの、二人とも仲悪すぎませんか……。そもそも何で集められたのかまでは僕知らないんすけど」
私と態度の悪いクソ校長がにらみ合っていたら、間に孝宏先輩が入ってなだめてくる。
そうだった。
能力を知られていた驚きで忘れていたけれど、本来の目的は二人に手伝いを頼むことだった。
「おっほん。今回わざわざ集めたのはお前たちに協力してもらいことがあるからよ」
「ほう……。何の要件だ」
「これから二年後。孝宏が三年の時に、山元優作という生徒が殺されるわ。それを止めるために力を借りたいの」
「え、サラッと凄いこと言わなかった!? 殺される!?」
「ええ。しかも止めるのは結構難しいみたい。私は何回も失敗しているようだし」
多分だけれど、問題はそれだけではない。
優作先輩の死を防ぐだけならこの私が諦めてしまう程、失敗する筈がない。
「私が干渉したことで予想もつかない事が起こるかもしれないの。過去に渡った影響とでもいうのかしら」
「本来その時間にいなかった人間が干渉するのだ、元通りに進む方が違和感があるな」
校長も似たような意見のようだ。
それなら話が早い。
「ええ、そんなわけで私ひとりじゃ限界がありそうだから、力を貸してほしいの。お願いします」
私はそう言って立ったまま腰を折り、深々と頭を下げた。
一人でも多くの協力者を得ないと私は優作先輩を助けられないから。
「いやいや! そこまでしなくても僕は最初から協力するつもりだったよ!?」
孝宏先輩は根っからの善人なのでこの話を聞いたら断れないだろう。
それは何となくわかっていたけれど、問題は校長の方だ。
この人は以前の世界においても、最後までどんな人なのかよくわからなかった。
底が見えないというか、謎の人種というか。考え方、趣味趣向その全てを意図的に周囲から隠しているような節があるのだ。
「頭を下げるのか。如月」
「当然じゃない。下らないプライドなんて持っていたら、本来の目的を果たせそうにないもの」
サングラスの奥で、瞳がピクリと動いたような気がした。
「一つ聞かせろ。貴様は、何故そこまでして山元優作を救いたいのだ? よほどの覚悟がなければここまで強引な手段はとらないだろう」
理由、か。
私が先輩を助けたい理由。
それは心の中にぽっかり空いている穴を埋めるためだ。
あの人がいなくなってしまって、深い絶望に落とされ。それでも周りに悟られないように虚勢を張り続けて。
そんな自分自身を救うため――。
いや。
ここはもっとわかりやすく言った方がいいだろう。
「簡単よ。私があの人を好きだから。好きな人に生きててほしいのは当然の事じゃないの」
「ええ!? 友華ちゃんが!?」
「……そうか。なら、私も微力ながら協力させてもらおう」
校長からの承諾が下りた。
燈子や七海にはチョロ女とからかわれることはあるけど、実際私は本当にちょろい。
一目惚れなんてお花畑な人しかしないような事を、本当にしてしまったのだから。
「ええ。それじゃあお願いするわ。そうね。手始めに部活の設立手伝いと、校長室の道具を貸してほしいわ」
初日とは思えない程、快調な滑り出しをすることが出来た。
時間は無駄に出来ない。
明日からも気合を入れて頑張っていかなければ。
―――――――――――――――――――――
その後。
「やー、まさか友華ちゃんが僕と同じような能力持ちなんてね」
「孝宏せんぱ――孝宏は相変わらずね。私が出会ったお前も似たような感じだったわ」
「そりゃまあ、僕は僕だし。そう簡単に変わってたまるもんですか。そういえば部活の名前、オカルト研究会だっけ? 何でそんな敬遠されるような名前にしたの?」
「ああ、それは、まあ。オカルト好きな生徒が入ってきそうじゃない」
「そんな子いるかな」
「いるわよ。今に見ときなさい」
「如月。少しいいか」
「校長。隠してることなんてもうないわよ」
「ああ、いや、なんだ。この世界に本来いた如月友華と会ったら駄目なのだろう?」
「ええそうね。ここにいる人以外に私の能力に気づかれたらもう一度過去に戻されてしまうそうよ」
「むう。そうなのか……」
「苦虫でも食べたような顔よ。どうしたのよ」
「貴様、家はどうするつもりだ。寝る場所はあるのか?」
「あ」
「え? え!? そこ考えてなかったの!?」
「う、うるさいわね! 考えてるわよ、そりゃもう最初に! 校長!」
「何だ」
「お願いします! 泊めて下さい!」
「構わん」
「構わないんすか!?」
「やった」
奇妙な組み合わせの三人だった。