六十五話・桜の木の下には
「……クッソ痛すぎ」
過去に飛ぶ能力。
そんなファンタジーな力は実際に私に備わっていたようだった。
何故なら言われた通り屋上から飛び降りて自殺したら、いや、正確には地面に落下する直前に視界が暗転して一瞬で場所が移動していたから。
通学路の木の上に。
そう。私は今、木の枝にひっかっかてギリギリ生きていた。
移動した瞬間、咄嗟に重心を木の方に傾けて抱き着くような体勢になり事なきを得たのだ。足場の方が太い枝に乗っていて助かった。
「なんだってこんな場所に落ちないといけないのよ、もう!」
体には目立った傷はないけれど、木の幹に腕が当たってしまい骨の方が少し痛む。ヒビが入って……、いたらこんなに冷静ではいられないか。
「えっと、今の時間は」
制服のポケットから取り出したスマホを確認する。
自分の身に着けていた物は一緒に過去に持ってこれるようだ。
「新学期初日。間違いないわね」
西暦で見ても私が過去に戻ったというのは確実だ。
自分の体も心なしか背が少し縮んだような気もする。
「さてと、学生証からして私は二年生のようね。まさか本当に優作先輩の先輩になるなんて……」
思わず頭を抱えそうになったが、思考にふけっているだけでなくさっさとここから降りないといけなかった。
色々と状況を確認したくて忘れていたけれど、こんなところに乗っていたら悪目立ちもいいところだ。
木の上から周りを見ると、真新しい制服に身を包んだ学生が歩いている。
私が乗っていたのも満開の桜の木だし、これ以上目立って注目の的になれば今後の行動がしにくくなるかもしれない。
他人に能力がバレてはいけないのだから。
「このくらいなら飛び降りてもいいわ、ね!」
ひょいっと飛んで地面に向かっていく。
その時だった。
私自身浮かれていたせいで周りへの注意がおろそかになっていたせいだろう。
真下に人がいたのに気付かないなんて。
「お前危ないわよ!」
咄嗟に叫ぶ。
しかしもう遅い。その人の頭上に私は落ちた。
「がは!」
下敷きにするように落下してしまう。
立ち上がって下にいた人物を見て、私は驚愕した。
優作先輩。
私が落下したのは優作先輩の上だ。
生きている先輩。
それを見た瞬間、色んな感情が混ざり合って、目尻に熱いものが込み上げて来たけれど。それらの衝動を抑えるため、必死に自分を取り繕った。
「わ! や、やってしまったわ……。どうしたものかしら。救急車? いいえ、とりあえず埋めるのが先よね。人が来る前に隠さないと」
「速攻で隠蔽しようとするな!」
「あら、無事だったの?」
先輩が怒りを露にして立ち上がる。
本当に、ずっと、会いたかった。
自分でもおかしいくらい、私はこの人を大切に思っていた事を今更ながら自覚させられる。
「ん? あら、何を呆けているの? もしかして頭の打ちどころが悪かったのかしら」
「違うわ! どんな野蛮女かと思って観察していただけだ! ったく、気をつけろよな」
「木からこんな美少女が落ちてきたのよ? 感謝こそすれ、苛立つ要素があるのかしら。……もしかして女の子に興味がない感じ? それだったらごめんなさい。ええそうよね、性の自由は尊重されるべきだと思うわ」
「飛躍しすぎだろ!?」
この人を助けるために私はここに来たのだ。
この瞬間を味わえているだけでも、その行動への後悔なんて何もない。
「勘違いさせたお前が悪いわ。 見た感じ新入生よね。先輩に対しては敬意をはらうものよ、ほら鞄持ちなさい」
「悪いな、急いでいるんだ。下級生をパシらせるならもっと気の弱そうな女とかに声をかけるんだな」
先輩に先輩と呼ばれて、歯がゆい気分になる。
その気持ちの高揚に任せて、逃げようとしていた先輩の襟を後ろから掴んだ。
「げほ! がっは! なんなんだよお前は!? 上級生だろうが女だろうが調子に乗ってたらなあ――ぶほ!?」
どうせ振り返るだろうと思って、指を定位置で突き出していると先輩の頬にずぶりと刺さる。
この人は本当にわかりやすい。
素直で、善人で、その癖自分を蔑ろにしてしまう不器用な人だから。
後輩ながらにからかいがいのある先輩だと思っていた。
「ふ、あははは! お前面白いわね! ええ、私は元気のある男は好きよ。よく見たら表情もちゃんとあるし、中々リアクションも大きいじゃないの」
「表情ってな……」
折角だからこの場で私の建てた計画に先輩を巻き込んでしまおう。
どうせ入れるつもりだったから、遅いも速いもない。
「ええ、表情。木の上から歩いて来るお前を見ていたけど、まるで自殺でもするような顔をしていたじゃないの。中学の友達と一緒の学校じゃないよー、悲しいよー、みたいな不安気な感じではなかったし。そんな奴を見たら、ここまでリアクションが出来るなんて思わなかったから素直に驚いているわ」
「……」
今の先輩は私とどこか似た目をしている。
鈴音先輩から聞いたこともあるが、この人は入学当初。誰とも関わらずに、一人で学校生活を過ごしたいと思っていたらしい。
それが三年の頃にはお節介お化けになるのだから、面白くて笑みがこぼれた。
「その、お前は一体何なんだ? 何でそんなに朝から突っかかってくる? 別に知り合いって訳でもないだろ」
ええ、そうよ。
今は、私とお前は初対面。
だから、ここからでいい。
もう一度、私の事を知ってほしい。
如月友華という存在を二度と先輩から離さないように、大袈裟な身振り手振りを入れて自己紹介をする。
「ふっふっふ。あっはっはっはっは! よくぞ聞いてくれたわ! 私の名前は如月友華! 万人から天才と評される頭脳を持ち、加えてモデル顔負けの容姿を持った神が二物を与えた存在! それこそが私、それこそが如月友華! 生まれながらの勝ち組とは私の事よ。あ、ついでにお前の名前でも聞いておこうかしら」
「う、うわあ……。俺の名前は山元優作だよ……」
不味い、普通にひかれた。
ちょ、ちょっと舞い上がりすぎたかも……。
反省して、先輩が逃げない内に話を先に進めよう。
「じゃあ、そろそろ本題に入るわよ」
「そ、そうなのか。それじゃあな、友華先輩。達者で」
「待ちなさい、そそっかしい。話があるから最後まで聞きなさい」
「ああもう! 何なんだよ、本当に! 俺はお前に構ってるほど暇じゃないし、関わる理由がないんだよ! これ以上何か言うようだったら女だからってただでは――」
何か脅しじみた事を言いかけているけど、この人がそんな事をしないのは私が一番知っている。
そんな人なら、入学して早々私をあんな部活に誘ったりしなかっただろう。
理由はどうあれ、あの部活に入れたことが私に大きな影響を与えてくれたのは事実だ。
「黙りなさい。ゾンビ人間」
「っ、ゾンビ人間?」
だから今度は、入学したてで高校生活に希望なんて持てない捻くれた先輩に。
私が居場所を作ってあげる番だ。
「ええ、折角の入学式の日。希望も何もない死んだような目をしているお前は、まるで生きた死体みたいよ。我ながらかなり見事な例えだと思っているわ」
「つかめない奴だな。結局何が言いたいんだよ……、冷やかしなら俺の負けだからもう帰ってくれ」
私が、先輩を助けるために。
皆の居場所を何が何でも守り抜くために。
ここから始める。
「そこでお前に提案よ! 楽しさの欠片もない高校生活を面白おかしくて素晴らしいものにするとっておきのね!」
「ああもう、なんでもいいから……。話があるんだったらさっさとしてくれ」
髪をなびかせて、先輩と視線を合わせる。
待っていて。
絶対にお前が幸せになれるような世界を、私が創って見せるから。
「喜びなさい! 私が創る予定の新部活、オカルト研究会の部員一号としてお前をスカウトするわ!」
どこかの誰かさんのように、私は入学したての先輩にそう宣言した。
あの日の仕返しと。
これからの気合を込めて。
桜の木の下にいた死体のような目をした先輩を、私は部活に誘うのだった。
この話は【二十八話・桜の木の上には】の友華視点です