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幸福に生きたい不幸なあなたへ  作者: 木鳥
五章・友華 二部
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   もう一度あなたに会うために⑤


「もう一度言うけど、僕が友華ちゃんにお願いしたのは優作を救ってもらうこと。だけどまあ、その判断は友華ちゃんに決めてほしいから無理にとは言わない。そのメモを読んで、友華ちゃんがその気だったら行ってほしいかな」


 お店を出て、平日の公園に場所を移す。

 ここなら誰もいないので人目を気にせずに話が出来るからだ。


「それはいいけれど、このメモ帳。私が書いたものなの?」


 私は公園のベンチに座ったまま手元のメモ帳を空になびかせる。目の前で立って私を見ている孝宏先輩は大きく頷いた。


「うん。僕たちが二年生の頃に過去に戻ってきてた友華ちゃんはいなくなったんだけど、その時に貰ったんだ。自分の能力について友華ちゃんが把握したルールや仕組みも書いてるから役立ててって」

「それはご苦労様ね、流石私じゃない」


 メモのページをめくっていくと本当に過去への生き方、注意点が書かれたページがあった。


「……」

「どうしたの? 変な事書いてた?」

「いえ。ちなみにだけど、お前はこのメモ帳を全部読んでいるの?」

「ううん。友華ちゃんに最初の四ページくらいの恥ずかしい秘密が書かれたページ以外読むなって言われてるから……」

「そ。なら別にいいわ」


 孝宏先輩がこれを全部読んでいるわけではないと知って心底安堵する。

 この内容を知っていたら、多分この人は私に話を持ち掛けてこなかっただろうし。


「それで、どう? 過去に戻れそう?」

「ええ、方法は意外と簡単そうだったわ。やったことないだけで」

「よかったぁ。何とかなりそうなんだ」


 先輩は、ほっと胸を撫でおろしていた。

 そう。

 なんとかなる。

 方法は別に難しくも何ともないのだから。


「それじゃあ、後はこのメモを参考に優作先輩が亡くなった日に戻ってみるわ」

「うん! 友華ちゃんなら出来るよ、頑張って!」

「ええ。じゃ、今日はありがとう。面白い話を聞かせてくれて」


 少し強引かもしれないけれど、この人を見ていたら決意が鈍りそうになるから。

 私は昼の公園を後にした。



―――――――――――――――――――



 時刻は午後九時。

 四月は気候も温暖になるイメージがあるけれど、まだまだ夜は寒くマフラーを巻いて冬制服でいるのに体が震えた。

 最初は口ががくがく震えていたけれど、だいぶ体も慣れたようで今は時折吹く風を全身で感じて珍しく感慨にふけっている。


 私は今、学校の屋上にいる。

 落下防止用の柵に囲まれた場所でこんな日に限って綺麗な満月を携えた星空を見ていた。


「過去に戻って亡くなった人を生き返らせろ、か。我ながら馬鹿げた話ね」


 思っていたことが口から溢れてしまう。

 何故こんな状況になっているのか。そもそも私は何で過去に戻れる気でいるのか。

 具体的な根拠は何もない。

 あるのは不思議と心の中に存在している過去に戻れる確信だ。


「そろそろ、行きましょうかね」


 柵の方に足を進める。

 自分でもおかしいと思う。

 こんな馬鹿みたいな話で、ここまでの行動をしてしまうのは。


「意外と、怖くないものね」


 柵の外側に立ち、あと一歩踏み出せば足場のない位置にいる。

 自分を奮い立たせるために、さっき確認した能力の特徴を口に出して復唱してみることにした。


「能力の特徴は五つ。一つは、発動するには死ぬ必要があること、ね……」


 孝宏先輩は疑問に思っていなかったのだろうか。

 先輩が最初に会ったのは未来から来た私。

 それなのに優作先輩は亡くなり、先輩たちのなかでも何人かはどん底のような状態になっている。

 未来の私の目的は、当然皆を救うことだ。

 幸せになってもらう事だったはず。

 でも、今の状況はお世辞にもそうとは言えない。

 つまり、このメモを残した私は、失敗したということ。


「その二、この能力は自分の精神に大きな負荷がかかる」


 全てを解決する前に。

 私の方が壊れてしまったのだろう。


「その三、孝宏先輩と校長以外に能力を知られた時点で最初に戻される」


 この条件はよくわからない。

 孝宏先輩と同様に校長にも何かしらの力があるとか?


「その四、戻れる地点は任意ではない。基本的には優作先輩が入学した日に戻される」


 これこそがこの力の一番の欠点だと思う。

 欲を言えば優作先輩の亡くなった日に戻りたかった。

 孝宏先輩もそれが出来ると考えていたのだろう。


「その五、戻った時点で私にはその世界での役割が与えられている。同時に私が消滅したとき周囲の人間から私の存在は忘れ去られることも確認。……これは、本気で意味不明よね。孝宏先輩が覚えていたってことは能力もちの人間には効果が薄いとか? そもそも確認のしようがないわ」


 自殺行為の寸前なのに呑気にそんな事を考えてしまう。

 これらの条件を踏まえると、正直先輩を救うのはかなりの苦労が必要だと思う。 

 現に一度、失敗しているのだから。


「今朝までは普通に日常を生きていたのにね……まったく、もう!」


 一歩。

 中々決心がつかずに踏み出せなかった一歩を、必死に気を紛らわせながら繰り出した。

 地球に私の体が吸い込まれていく。


 こうなれば後はもう、このメモが与太話でないことを祈るばかりだ。

 一番の動機は能力の存在を認めたとかじゃない。

 ただ。

 ただ一つ。

 自分の命を懸けてでも、実行する価値を見出せた理由がある。


「待ってなさい! このくそったれな世界を、私が変えてあげるわよ!」


 どんなに取り繕ってもこれだけは明白だ。

 こんな私を周りの人と同じように馬鹿する仲間として扱ってくれたから。

 こんな私に多くの友人をくれたから。

 もう会えないと思って、必死に自分を殺していた。

 まるで自分の全てが無くなったように、絶望し続けていたかった。

 でもあなたがいなくなったと聞いたとき、海の底に沈んだような気持になって自分を大きな殻で包んだ。弱い自分を見せたくなくて、周りの人間の心配を先に始めた。

 本当はあれから毎日、一人になると泣き喚いているのに。必死に虚勢を張っていた。

 でもそれも、もう必要ない。

 私が、私自身を助ける方法を見つけたから。

 


 ただ、もう一度あなたに会うために。

 私は時間を遡る。


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