もう一度あなたに会うために③
以前部活の顧問をしてくれていたころ、串木野先生は学校で一番の人気教師だった。
多くの生徒の悩みを聞き、生徒と同じ視点でものを見ることが可能で、他人に共感できる。そんな他の人間には到底できないような凄い技術を持った天性の教師だった。
――そんな先生は、優作先輩が亡くなる瞬間を目の前で見ていた。
「先生は今、少しずつだけど社会復帰できてるみたい。地元に帰って家業を継ぐっぽいよ」
「聞いていてあれだけど、お前の情報はどこから入手してるのよ……。そこまで詳しいとは思わなかったわ」
予想通りというか……。
最悪な方の予想が当たったので、頭を抱えずにはいられない。
串木野先生は優作先輩の事件の後に、色々と精神面が不安定なため休職したと聞いていた。しかし、期間が長すぎるので辞職の可能性も考えていたけれどまさか当たっているなんて。
「オカ研のOBの話はこのくらいかな。飛鳥ちゃんや鈴音ちゃんも含めて全員、昔を引きずってる感じはあるよ」
「こう言ってはあれなのだけれど、嫌な感じね」
私の一言に孝宏先輩は少し笑いながら頷いた。
「そこまではっきり言われるってことは、そうなんだろうね」
「あ……、ごめんなさい」
「いいよ変に気を遣われる方が嫌だし。実際僕たちは、優作がいなくなって少し疎遠になったから」
「優作先輩がお前たちの間を繋いでいたの?」
「そうではないけれど……。多分、誰がいなくなっても同じようになったかもしれない」
先輩たちは仲が良い。
これは私がオカ研に入って、初日に持った先輩たちへの印象だ。
男女の垣根なんて関係なしに互いに遠慮なく踏み込んでいける。そんな一生に数人出来るか出来ないかのレベルの友人だったと思う。
その一人が欠けてしまったら、どれだけの喪失感があったのか想像に難くない。
「それで、私に会いに来たのはどうして? そんな辛気臭い話をするためじゃないのでしょう」
頬杖を突いて聞いてみる。
先輩たちの話で空気が暗くなっていたので、少しでもいつも通りに振る舞おうとしたらこんな感じになってしまった。
「ああ、そうだった。ええと、聞きたいことがあるんだけどさ」
「何よ急に? 変によそよそしいわね」
「ごめんごめん。えっと、友華ちゃんってオカ研にずっといる訳だけどさオカルト現象って信じてる?」
何故に今そんな事を……。
これまでの話から全く脈絡なさそうな質問が来た。
「唐突ね……。信じている、方だとは思うわ、多分。見たことは無いけれど、だからといって否定できるような証拠もないのだし」
「そっかあ……よかった!」
孝宏先輩は安堵していた。
より一層訳が分からない。
まさか今日私を訪ねて来たのは、こんなしょうもないことを聞くつもりだったからではあるまいし。
「そのさ! 実は友華ちゃんには不思議な力があって、それを使えば優作を助けられるんだ! だから、協力してほしい!」
「帰るわ」
「待って! せめて質問して!」
突然先輩がとち狂ったことを言い出した。
いよいよおかしくなってしまったのだろうか。
というか優作先輩の話をそんな嘘のネタにしてほしくない。
「……はぁ。お前は何でそんなふざけたことを言い出すのよ。私が言えたことじゃないけれど、言っていい冗談と悪い冗談があるじゃない」
「ま、まあ、そのくらいは想定済みだよ。だからここに来たんだし」
「どういう意味よ」
「実は僕にも不思議な力があるんだ。僕のは俗にいう未来予知的な力」
自信満々に胸を張ってそんな事を言われても、信じる筈が無い。
私は一応先輩の向かい側の席に座り込んだけれど、優作先輩の死を馬鹿にしたような冗談に嫌悪感を隠せなかった。
「お前、ふざけるのも程々にしなさいよ……」
「まあ、これは見た方が早いよ。えっと、あのウェイトレス。パフェを運んでる途中に転ぶね」
厨房からトレイにパフェを載せたウェイトレスが出てきたら、指さしてそう告げた。
「あのねえ、もう大学生でしょう。中二病も大概に」
――ガシャン!
店内に大きな音が響く。
「す、すみません! いま片付けます!」
咄嗟に後ろを振り返ると、本当に先輩の言った通りウェイトレスがパフェを床に落としてクリームでべちょべちょにしていた。
確かに溢してはいる。
でも、それがなんだというのか。
「どうよ」
「これで信じるほど、私が馬鹿に見える? 歩き方からして右足が少しおぼつかなかったし、大方怪我したまま運んでいたとかでしょ。待ってなさい」
ウェイトレスに近づいていく。
「あの、大丈夫?」
「大丈夫です。すみません、お騒がせして……」
「気にしないで。足のケガ、お店に言った方がいいわよ」
「あ、は、はい」
「それじゃあね」
孝宏先輩の元に戻って今度は私が自慢げに笑ってしまった。
「ほらね。確認しても足首に包帯巻いていたわ。私より先にこれに気づいていたなら、さっきのは予知でも何でもない観察からの予想に過ぎないわ」
「いやー、友華ちゃんには一本取られたな。まさかそんな返しをされるとは思わなかったよ」
自分の嘘が暴かれたのが恥ずかしいのか孝宏先輩は苦笑いを浮かべていた。
「ったく、何で急にこんなことしたのよ」
「あ、待って。もう一つ。友華ちゃん、十秒後に電話来るから準備してた方がいいよ。相手は燈子ちゃん」
「だから何言って――」
否定しようとして瞬間。
私の携帯に着信が入った。相手は、燈子だ。
孝宏先輩を見ると笑顔で頷かれる。
癪に触ったが私は燈子からの電話に応じた。
「……もしもし」
『あ、友華! 何で学校に来ないの!? またサボリ!?』
「取り込み中よ」
『あ、ちょ――』
電話を切って孝宏先輩を見る。
今電話に出たのは近くに燈子がいるかどうかの確認だ。
孝宏先輩にはずっと意識を向けていたし、燈子が私に連絡するように仕向ける時間もなかったはず。事前に命令していたらここまでタイミングよく連絡は来ないだろうし。
「どう? 信じてくれた?」
仕込み。
にしては少し大掛かりすぎる。
さっきのウェイトレスが仕掛け人でないと、ここまで完璧なタイミングは生まれない筈。
「本当にドッキリじゃないのかしら?」
「その話は今からするんだよ。信じるも信じないも友華ちゃん次第だ」
新学期の朝から。
久しぶりに先輩に会って。
中二病全開の話をされる。
……おかしい、私は学校一の秀才の筈なのに。何でこんな奇妙な状況になっているのだろう?
まあ、取り敢えず。
「ああもう、わかったわよ! 話だけでも聞かせておらうわ。教えなさい、何で私が優作先輩を助けられるのか」
話だけは、聞いてみようと思った。