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幸福に生きたい不幸なあなたへ  作者: 木鳥
序章・アリス
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八話・ある男の世界

 そのまま体はゆっくりと地面におろされ、俺はアリスの本体を抱えたまま背中から地面に寝転ぶ体制になった。


 上からは目を見開いたアリスが俺を見下げる。間違いなく動揺していた。


「何やってるの!?」


 初めて聞くような大声。幽霊なのにその額には汗のようなものがにじんでいた。


「俺はな、お前が死ぬのを許さない。やることをすべてやってないのに、最後の手段をとるのは逃げだ」

「そんなことのために、飛び降りたの!? おかしいよ! もし私が助けなかったら……」

「信じてたからな。お前は絶対に助けるって」


 抱えていたアリスの本体を見る。傷一つなく、規則正しい寝息をついていた。


「何言ってるの!? 何も知らないくせに! 私はずっと耐えてきてたの! もう楽になっていいでしょ!」


 俺の予想外の行動に自暴自棄になっているのか、アリスはわがままを言う子供のようにそう叫んだ。


 ずっと耐えてきた。楽になりたい。

 なんだって、そんな悲しいことを言わないといけないんだ。


「ふざけるな! どんな理由があったとしても、お前の命に釣り合う訳がないだろ!」


 俺の大声にアリスがびくりと肩を強張らした。構わずに続ける。


「親に迷惑かけたくない? 贅沢な悩み抱えてんじゃねえよ! んなもん一度話し合えば何かが変わるだろうが! お前は体のいい理屈こねて悲劇のヒロイン気分に浸ってるだけだ! 面倒ごとを無視して楽してるだけじゃねえか!」


 アリスは俺の圧に気圧されるように目を閉じた。まるで説教をくらっている子供みたいに。その目尻には雫が、今にもこぼれ落ちそうなほど溢れていた。


「だ、だから、それは、山元の価値観で……」


「そうだよ。俺の考えだ。でも、お前言ったよな、幸福は考え一つで不幸にもなるって。なら何で逆を考えないんだよ。それは、どんな不幸もどれだけの絶望も、てめえの頭一つで乗り越えていけるっていうとんでもない発見じゃねえかよ! 自分で自分を、生きていこうって思わせるなんて凄いことだろ!」


 俺の大声に驚いてか、アリスが目を見開いた。


「そ、それは……。でも! 山元はこの件には関係ないでしょ! 同情だけで、首を突っ込まないで!」


 アリスもむきになって声を荒げる。俺は地面に座るような体制になり、アリス本体の頭を太ももに乗せた。上を見上げアリスと視線を合わせる。


 違う。同情なんかじゃない。


 お前を哀れんで、俺はあんなことをしたんじゃないんだ。


「関係はある。俺はお前の話に共感できるからな。同情なんかじゃ、無い」

「共感……」


 そう。俺はアリスと似ている。


 境遇ではなく。感じている思いが。


「俺の家は、母子家庭なんだ。親父の顔なんて見たことがない。母さんが若いころにどこぞの男と作って、蒸発されて、俺だけが残ったって感じだ」

「……え?」

「今はもう家であの人と喋ることはない。他人なんだよ、俺と親は。家の居心地が悪いって言う点だと俺とお前は同じ状況だろ?」


 アリスは言葉を忘れたかのように、俺から目をそらして虚構を見つめる。


「その、ごめん」


 申し訳なさそうに謝るのだった。でも、俺にとっては日常の光景を紹介しただけに過ぎない。話すのはそれほど難しいことではないし、気にも止めていない。


「構わない。アリス、俺はそんな家で育ってきたから、人一倍他人の感情に敏感なんだ。親の機嫌が悪いと暴力を振るわれていたから、子供のころから自然とそんな特技がついていった。」


 今でこそ関わりすらないが、子供のころは親に頼らないと生きられない。昔の俺は、嫌でもあの人と接点を持つようにしていた。


「だから、アリスの親が良い人だっていうのはわかる。もちろんアリス、お前もだ。きっと互いに相手のことを思いやりすぎてすれ違ってるだけなんだよ。それが積み重なって一年も幽霊やるなんて大それたことにつながったんだろうけどな」

「すれ違ってる……だけ」


 アリスが呟く。きっと、簡単な話だったんだ。当事者だけでの解決は難しいが誰かが間をつなげば直ぐに解決するような話。


「アリス。もう一度だけ、生きてみないか。不安があるなら、俺が支えられる部分のフォローはする。必ずだ」


 きっと、これからアリスは親とのすれ違いを解消していける。


 だって、良い人間は幸せになるべきだから。


「わた、しは!」


 アリスの瞳と視線が重なる。それは今まで見たアリスの中でも一番綺麗な顔で、俺は直ぐに目をそらした。


「――!」


 アリスの決意は言葉となって発せられた。


 俺はそれを聞いて唯々笑い頷く。


「ああ。わかった。そうしよう。」


 そして俺は立ち上がり寝ているアリスの体をおぶって移動を始めたのだ。



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