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幸福に生きたい不幸なあなたへ  作者: 木鳥
五章・友華 二部
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六十四話・もう一度あなたに会うために


 いつものように通学路を歩いている。

 いつもとは少し違う気分で。

 通学路には肩も崩れていない真新しい制服に身を包んだ学生が数名。

 どこか浮足立っている雰囲気が傍から見ても伝わってきた。

 今日は、学年が変わって初めての登校日だ。

 当然一年生は本格的に高校生活が始まる日でもある。

 私ですら少しは浮ついていたから、気持ちが分からないでもない。





 満開の桜は綺麗で、一月よりも何か新しいことが始まるような感じがする。

 寒くも暑くもない心地いい気候。

 そして、何より出会いの季節という印象が強い。

 だから。

 私は四季の中で春が一番嫌いだ。

 出会いは、別れの寂しさを強めてしまうと知ったから。


「あ、おっはよう!」

 後ろから聞きなれた声が聞こえる。

 無理やりの笑顔を作って、私はその声に反応した。


「おはよう七海。あら、燈子も一緒だったの?」

「さっきそこで会ったの。飛鳥先輩と遅くまで通話してたら寝坊しちゃって」


 なるほど。

 通学時間が比較的遅めな私や七海と出くわしたのはそれが原因なのね。

 中学の頃は一悶着あったそうだから、飛鳥先輩と今でも仲が良いのは何だか不思議な関係だ。


「それで、こんな所を美少女が一人で歩いているとナンパでもされかねないから、私たちと一緒に学校行こうよ。友華」


 七海がよくわからない誘い文句を言ってくる。

 別にそんな事を言われなくても二人とは一緒に登校するつもりなのに。


「生憎、この道で男の人に話しかけられたのは一回しかないから大丈夫よ」


 そんな振られ方をしたら、少しからかいたくなってしまう。


「え、友華ナンパされたことあるの? 昔から話しかけるなオーラ全開で歩いてるのに!?」

「燈子。お前が私をどう思っているかはよく分かったわ。でもまあ、一回だけよ。それこそ二年前の今日に」


 二年前のこの日。

 私は桜の木の上から降ってきた男の人に成り行きで部室に連れ込まれた。

 それがオカ研に入った理由だけど、この二人は知らなかったようだ。

 驚いて目を丸くしている。


「ええ!? どんな人だった!?」

「と、友華! 不純異性交遊は良くないよ! 私だって孝宏先輩とはまだなのに!」


 動揺して変な事を口走りそうだったので私はそそくさと歩き出す。


「ふふ。内緒」


 鼻に指をあてて私らしくは無いあざといポーズを取った。

 そして、同時に思い出してしまった。

 あの先輩を。

 二年前に私をこの部活に誘って、散々色々と巻き込んでおきながら。

 謝罪の一つもなしにいなくなってしまったあの人の事を。


「それよりも。速く行かないと学校に遅刻するわよ」

「え、わあ本当だ! 初日から遅刻は嫌!」

「それじゃあこっからは走ろうか! レッツゴー!」

「待ちなさい七海! お前に走られると追い付けないでしょう!?」


 ふとした瞬間に、私はあの人の事を思い出してしまう。自分でも自分がここまで未練がましいとは思っていなかった。


 山元優作先輩。

 私が初めてといっていいくらい心を許していた男の人。

 その人は二年前、実の母親に刺されて亡くなってしまった。


 突然の訃報に私はただただ呆然としてしまったけれど、時間は残酷に過ぎてしまい。

 その流れによって次第にいつものような振る舞いを取り戻せるようになっていった。


「はぁ、はぁ! ぜー! はぁ!」

「七海! 友華が結構やばそう!」

「むむ! ああ、ホントだ! でも、歩いてたら絶対遅刻しちゃうよ?」

「ぜぇー! ぜぇー! 私の事は良いから、先に行きなさい……。今更遅刻の一回や二回、何の、影響も、ないから!」


 膝に手をついて肩で息をする。

 七海のあり得ないペースによって私の肺はグロッキー状態になっていた。

 むしろ燈子がこれについていけるのが予想外。私と同じレベルだと思っていたのに裏切られた気分だ。


「ひゅふぃー! はっは! おぇえ……」

「友華大丈夫? 悲惨な事になってるよ?」

「燈子……、私に構わず先に行きなさい。後で必ず追い付くから」

「フラグっていうのはわかるけど、普通に先に行くからね、じゃ!」

「友華、頑張って学校に来てよー!」

「は、薄情者……」


 二人は私の事を本当に放置して学校に走っていった。

 初日から遅刻は私も嫌だけど、あの二人は授業にもまともに出ているので遅刻が評価に着くのは抵抗があるのだろう。


「はあ、ひぃ。取り敢えず、息を、整えないと……」


 普段全く運動をせず、体育祭の大縄跳びですら死にかけたので今回のダッシュは数年に一度の地獄体験だ。

 というかこのまま止まって休憩していたら駄目だ。


 走る動きは筋肉をより多く使うため疲労するし、傷ついた細胞を修復しなければいけないから、細胞にたくさん栄養を送る必要がある。

 けれど走った後止まって休んでしまうと、血流が滞り、細胞に栄養が行き渡らないため、かえって疲れや筋肉痛の原因になるからだ。

 深呼吸をして体に不足している酸素を取り入れる。

 これを何度か繰り返し、姿勢を呼吸しやすいように整えれば人間は回復する。


 ふふ、運動していなくても頭で考えてこれが出来ちゃうんだから私はやっぱり天才だ。

 ……。


「はぁ、ひぃ……。全然、よくならない……」


 結局まともに歩けるようになるまで三分くらいかかった。

 


――――――――――――――



 燈子たちに置いていかれて、朝からくたくたになりながら学校に向かう。

 疲労の度合いはメロスに匹敵するだろう。私にもセリヌンティウスのような目標があれば走るのに、遅刻のためにそこまで必死にはなれない。


「まさか登校にこんな時間かかるなんてね」


 いつもよりも更に遅い時間に、坂の上にある学校を視界に捉え苦笑いがこぼれた。

 学校に近づくと一台の車が校門前に止まっているのに気づく。

 赤い軽自動車だ。

 見慣れない車に自然と注目がいくが、車の窓が私が視線を送ったと同時に開いたので中にいた人物と目が合った。


「初日から遅刻なんて相変わらずだね」

「お前は、孝宏先輩!」


 会うのは二年ぶりだけれど、それが誰なのかは直ぐにわかった。

 ブラウンのコートでお洒落に着飾っていて雰囲気も少し変わっているけれど、髪形は変わっていなかったし。


「え! 何でお前がここにいるの!?」

「へへ! 久しぶりだね、友華ちゃん!」


 思わず駆け足で車に駆け寄る。

 

 この日。

 私の人生にとって大きな転機が訪れることを、この時は知る由もなかった



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