六十三話・空虚な最後
夏休みが明けると、最初の二週間ほどは体育祭で忙しかったがそれが終わったら俺たち三年はもう受験に向けて一直線だ。
以降にこれといった学校行事もないので、高校生として行事を楽しめるのは最後にったが凄く楽しい体育祭だったと思う。
だが、それが終わると俺は少し沈んだ気分になった。みんなとの楽しいイベントは最後だみたいな可愛い理由ではなく、直ぐにあれが始まるからだ。
三者面談。
教師と親と一緒に進路の最終確認をする例のやつが、始まってしまう。
「はあ、憂鬱だ……」
口に出してしまうくらいには。
「どうしたの? 構ってほしいの?」
「そんな訳じゃない。はあ」
喫茶店司で勉強している最中だったので向かい合うように座っていた飛鳥が首を傾げていた。
生徒会仕事も次の代にほぼ引き継ぎ、後は生徒会選挙で代変わりするのを待つだけなので最近は飛鳥もよくここに来ている。
「ため息ついたら幸せ逃げるわよ。どうせ三者面談が気乗りしないとかじゃないの?」
「よくわかったな、その通りだよ」
「伊達に小学校からの付き合いじゃないわよ。……でもあんたのお母さんって、三者面談に来てくれるの? 授業参観にすら来てるの見たことないけど」
「これまでの三者面談はすっぽかしてたんだけど、今回のは進路決定の最終確認だから串木野先生が是が非でも話を聞くつもりなんだよ。アポとって家に直接来るって」
今回ここまで悩んでいるのはそこだ。
串木野先生をあの家に招待するなんて最悪すぎる。一応俺も近くで見張っているつもりだけれど、母さんが先生に何を話すのか予想も出来ない。
俺が教師になりたいという事すらまだ話せていないのに……。
「先生も偉い気合の入れようね。普通生徒の家まで行くかしら」
「串木野先生だったら、結構しそうなことだと思うよ」
喫茶店の手伝いをしていたウェイトレス姿のアリスが自然な流れで会話に入ってきた。
三年になってから体調も崩れていないのでホールの手伝いをする許可が遂に下りたそうだ。今までは体が弱くてマスターが心配してたらしいけれど、去年の四月に退院して以降体調不良を起こしていないからだろう。
俺たちの中ではアリスが昔は体が弱かったということを信じられないくらい、今では活発に動いている。
「はい山元。苺パフェ持ってきた」
「え、頼んでないぞ」
「サービス。勉強頑張ってね」
「マジか! ありがとう!」
まさかの差し入れもあり少しだけ気分が明るくなった。
アイスや生クリームが溶ける前に食べなければと思い、早速スプーンを手に取る。
「アリス。私には……」
「飛鳥はダイエット中なんでしょ?」
「そうだけどー」
「いやー、上手いなあこれ」
「……わざと見せつけてるでしょう」
「まっさかあ」
串木野先生の家庭訪問まで残り数日。
その間に親に話しておきたいと思うが、今はそんな気の重くなるような事を考えずに目の前のデザートに集中した。
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「いやあー遂にこの日が来ましたよ! 三者面談ですね!」
「……そっすね」
串木野先生が隣で嬉しそうにそんな事を言ってくるが、普段は元気をもらえる笑顔も今だけは億劫な気分を駆り立てた。
先生の運転する車に乗って俺は今自宅に向かっている。
「先生、本当に行くんすか?」
「当然です! 生徒の夢を叶えるために、一肌脱いじゃいますよ!」
「いや、その、俺の母さん夜の仕事に行ってるんで昼は寝てるんすよ」
「連絡はもうしているので起きていると思いますよ。事前に時間も伝えてますし」
「く! 逃げ道が無い!」
串木野先生は完璧に俺の退路を塞ぎに来ていた。
ここまでされてしまっては追い返すことは困難だ。
いよいよ腹をくくるべきか……。
「それじゃあふっとばしていきますよー! 制限速度なんのそのです!」
「公務員っすよね!?」
いつものように馬鹿らしい会話をしながら、俺の時間は流れていく。
もし未来が見える力が自分にあったらこの時是が非でも先生を止めていただろう。
世界は残酷で。
必死に作った日常を直ぐに壊す。
そんな当たり前の事を、誰もが知っていて誰もが意識してないから。
だから、あの悲劇が起きた。




