残りの時間④
夏休み最終日。
俺はオカ研の部室に向かっていた。
三年の補講も終わっていたので学校に来る用事は無かったけれど、家に母さんがいて勉強に集中できなかったからやむを得ずといった感じだ。
流石に部活も休みの筈なので誰もいないだろうし、勉強にはうってつけの場所だろう。
そんな事を考えながら部室棟三階にある部室の、建付けの悪い戸を開ける。
「あれ、お前何しに来たのよ? 暇なの?」
「……何でいるんだよ、友華」
何故か友華が部室でパソコンをいじっていた。
こいつ本当に毎日ここに来ているんじゃないか?
「何でとは失敬ね。私はオカ研の部員だもの。来ても何も問題ないじゃないの。優作先輩の方こそ、引退したくせに顔出しすぎなんじゃないの?」
「居場所が無いんだよ。そのくらい甘く見てくれていいだろ」
友華に向かい合うようにソファに腰を下ろした。
いつものように教科書ノートを机に広げる。
孝宏が考えてくれている課題も最近は結構自力で解けるようにもなってきた。
自分の学力が上がっているのを実感できるのでやる気に繋がっている。夏休みの地獄のような補講もやり終え、さらに自信がついた。
「あら、お前結構力尽いてるのね」
「当たり前だ。こんなにやってて少しも知識にならなかったら凹むわ」
横から覗きこんできた友華も俺がすらすらと問題を解いているのを見て驚いている。
少し鼻が高い気分だ。
「まあ、孝宏先輩の出している問題っていつも要点を抑えた素晴らしい問題だもの。それを毎日のようにやっていれば出来るようにもなるでしょう」
「珍しいな。お前が他人を褒めるなんて」
「あいつの人間性は好かないけれど、純粋に勉強が出来る点は評価しているわ。私ほどじゃないけど」
こいつの場合は一年でこの皮肉を言ってるのに、本当だから何も言い返せない。
燈子の話では本当はウチのような日本の進学校ではなく、海外の学校に行く予定だったらしい。それを蹴ってまでこの学校に来たのは直前で面倒くさくなったからだとか。
「おし、そんじゃあ本腰入れて集中するから少し黙るな」
「はいはい。私の邪魔はしないでほしいわね」
いつものように二時間ほど、休憩なしで勉強した。
「っふー、午前中はこんなもんでいいか」
疲れ切った頭をほぐそうと目一杯深呼吸して脳に酸素を取り入れる。
友華のタイピング音がいいBGM になっていて、集中して勉強することが出来た。
「お疲れ様。思ったより集中続くのね」
「まあ、な。今日はいつもよりも捗ったよ」
「そ。はいこれ」
無造作に友華が机の上に置いたのは缶コーヒーだった。
「俺にくれるのか。一体何を企んでるんだ?」
「お前はありがとうが言えないの? さっきトイレ行った時に買ったのよ。カフェインはアデノシンの作用を抑えるから疲労や眠気を感じにくくなるでしょう。勉強の相棒としては最適だと思うわ」
「な、なるほど。ありがとな」
どうやら本気で気を回してくれていたらしい。素直に感謝しておこう。
友華が実は心配性なことくらいもう知っているしこれ以上は怒らせてしまう。
「美味しいよ。これなら昼も頑張れそうだ」
「……そう。学校は四時になると先生の見回り入るからそれまでに帰った方がいいわよ」
「そうさせてもらう。お前も帰るか?」
「私は朝だけで帰るわよ。昼から七海と買い物に行くのだし」
「友達、いたんだな」
「生暖かい目はやめなさい、抉るわよ」
昼からはそう長居出来なさそうだな。
この際だし喫茶店司に行って時間を潰すのもいいかもしれない。
一昨日行った時はアリスが留守でマスターの話に付き合わされたけど、あれはあれで気分転換になった。
「そんなわけで私はもう帰るわ」
「おお、随分急だな。明日からも学校にちゃんと来いよ」
友華はパソコンを鞄に入れて立ち上がった。
もしかしたら俺の勉強が一段落着くのを待ってくれていたのかもしれない。……いや、流石に考えすぎか。
「あ、そうそう一つだけ聞いていいかしら?」
「ん? どうしたんだ?」
戸に手をかけた所で何かを思い出したように友華がピタリと止まる。
「お前って大学に行くのよね?」
「ああ。そのための勉強だ」
「それ、親には言ってるの? 噂で聞いたけれどお前の家庭って少し複雑なのよね。それでも親には言っておかないと色々と面倒になるわよ」
「ああ、それなら大丈夫だよ。もう言ってる」
「……そうなの? ごめんなさい、お節介だったわね」
「いや、別にいいよ、気をつけて帰れよー」
「ええ、さようなら」
ぴしゃりと部室の戸が閉められる。
俺は無意識に大きく息を吐いた。
多分これは緊張と罪悪感から出るものだ。
「はあ、親に話せか……。それが簡単に出来れば苦労しないんだよ」
ずっと考えないようにしていたことを考えてしまい頭を抱えた。
あの母親にはまだ話していない。
そもそも向こうは興味もないのか、これまで一度も将来の進路について聞いてきていない。
既に壊れている家族関係なんてそんなものなのだ。
「……近いうちに、一回言ってみるか?」
誰にでもなく自分に言い聞かせるように、気づけばそんな言葉が口から出ていた。
アリスの家庭や、鈴音の父親。
高校になって色んな家の事情を見たので、俺自身も家族と向き合わないといけないと思わされていたのだ。
次回の更新は明日になります
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