六十二話・残りの時間
三年に上がってから早くも二週間が経過した。
この間に思ったのは、生徒よりも教師の方が受験に対してのモチベーションが高いということだ。
そりゃまあ、教師陣からしたら学生を有名大学に行かせて学校の評価を上げたいというものだろう。それによっては来年度の入学者も増えるかもしれないし。一応進学校なので、その辺に敏感になるのは仕方のない事だ。
どちらかというと教師のやる気に学生が付いていけていない感じもあるが、まあ基本的にどこの学校もこんなもんかもしれない。
運動部の生徒は勉強もだけど、三年間の集大成を飾るべく部活の方に気合が入ってしまうだろうし。
「あああ! 宿題終わらん!」
というわけで、教師が気合を入れて出した難解な宿題に俺は苦しめられていた。
「ん? お前まだそれ終わってないの? 何分かけてんだよー」
「からかうぐらいなら教えてくれ。頼む! 本気でわからないんだ!」
「あ、斉場。私も教えてほしいかも、この部分」
「アリスちゃんの頼みなら断れないなー。じゃあな、優作」
「くそ、薄情が! こうなったら友華だ! ヘルプ!」
「お前、プライドは無いのかしら……。毎日のように一年生に勉強教えてもらってるじゃない」
放課後、オカ研は今日も集まっていた。
大して何か活動するわけでもないが、毎日のように誰かがこの場所に来るのはそれぞれ居心地がいいから。
ちなみに今日のメンツはアリス、鈴音、友華、孝宏、俺の五人だ。
燈子は茶道部に顔出しに行き、七海は親の用事、飛鳥は生徒会。部員が八人になったは良いものの、全員が揃う日はそんなにない自由参加のオカ研である。
「あれ、そういえば鈴音は静かだな? もしかしてもう終わったのか?」
「鈴音ならあそこで寝てるよ」
「ベンキョウ、コワイ」
「鈴音!?」
人形のように虚ろな目をして、部長席にもたれかかっている鈴音がいた。
「どうしたんだそんな顔して!?」
「ふふ、私には何もわかりません。一問すら解ける気しませんよ。というか、優作。あなたは私と同類だと思っていたのに何で結構解けてるんですか? 騙したんですね」
「そんな真っ黒な目で見るな! 偶々解けただけだ!」
「お前、まだ隠しているの?」
「……当たり前だ。恥ずかしいだろうが」
「しょうもないプライドね」
鈴音から呪われそうな目を向けられたので思わず逸らしてしまう。
放課後の部活も前までは雑談時間が長かったが、今はもう自分一人の手に負えない宿題を終わらせる時間に変わっていた。
特に俺や鈴音のような出来ない組にとってはこの時間に終わらせないと死活問題なので、一日の学校で最も集中する時間かもしれない。
「――はあ、疲れた……」
何とか自分の分の宿題を終わらせることに成功する。
時計を見ると集中していて時間が経つのを忘れていたのか、既に一時間ほど経過していた。
「最近、宿題少し難しくなったよね……」
「アリスがそう思うんなら俺からしたら激ムズだな。本当、やる気がありすぎるのも困るよ」
宿題を鞄に入れて大きなため息をつく。
自習もしなきゃいけないのに、こんな宿題を出されていたら寝る時間が減ってしまう。お陰で三年になって早くも生活リズムが変わり始めていた。
「優作って、最近凄く真面目になったよね。去年の今頃は授業すらまともに出てなかったのに」
「本当だよな。一体何がきっかけだったんだか……」
俺の将来の夢を知っている孝宏がからかうように見てきた。
流石に俺が教師になるなんて非現実的な夢を大っぴらには言えないが、今真面目に勉強している理由の一つにそれがあるのは確かだ。
「何だっていいだろ。それに俺が授業に出てなかったのは、妙にクラスから煙たがられてたからだ。親の事もあったしな」
「私が転入してきて時にはそんな感じなかったよ? 皆良い人」
「アリスが入った辺りからクラスの雰囲気が少し柔らかくなったんだよ。それに、しばらくはアリスの話題でひっきりなしだったから、俺がそのタイミングで授業に出ていたのを気にしていた奴なんて少なかったんだろ」
「そうだったの? 私そんなに話題になってたんだ?」
「当たり前だ。お前みたいな美人が入ったら俺なんかに気を配る奴はいないだろ」
「び、美人って。えへへ」
「ん? 何で笑ってるんだ?」
「何でも。あとさ。や、山元は自分で言う程怖い顔じゃないよ。私は好き」
「そ、そうか」
「うん」
「……」
「……」
「ねえ、鈴音。このバカップルみたいなのは何なの?」
「ねえー。部活中にいちゃつかないで欲しいよねー」
アリスの言葉に動揺していたら、友華と鈴音から凄い目で見られていた。
友華のオカ研への馴染み具合には驚くばかりです。はい。
「ち、違うんだ! そういうのじゃない!」
アリスは顔を赤らめ恥ずかしがっているので俺から訂正する。
俺とアリスとじゃ不釣り合いもいいところだ。偶にアリスは俺と付き合っているのではないか、なんて噂が流れるがアリスに迷惑なのでその度に否定している。
「本当にー?」
「鈴音は何でこの話になると毎回厳しいんだよ!」
「べ、別に厳しくないよ!?」
「友華ちゃん。優作の事どう思う?」
「無自覚って見ていると腹が立つわね」
何故か友華が目を細めてゴミを見るような視線を向けてきた。
孝宏は面白がってにやにやしている、こいつは後で殴ろう。
とにかくもう俺では収集のつかないような状態になり始めていた。
「お疲れー。文化祭の話が長引いたわーって、何この空気? ……修羅場?」
生徒会の仕事を終えて部活に来た飛鳥が入るなり動揺していた。




