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幸福に生きたい不幸なあなたへ  作者: 木鳥
五章・友華 二部
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五十八話・俺にとっての家族


 放課後。

 既に辺りは暗くなっているが、真っ直ぐ家に帰ると母親と出くわす可能性があるのでいつもように寄り道をする。


 こういう時はアリスの家である喫茶店司は絶好の場所だ。マスターとも気兼ね無く話せるし、料理も美味しい。何より居心地が良いっていうのが一番だろう。俺はすっかり常連になっていた。

 今日もアリスと一緒に下校しながら、足を運んでいる。

 洒落た扉を開くとそれに反応してカランカランと鈴が鳴る。


「こんばんわ」

「お、山元か。らっしゃーい。アリスお帰り! ちゅっちゅしよーや!」

「お母さん、そろそろやめよ? 慣れてきた自分が怖いから」


 相変わらずマスターの塩対応が凄いが、別人のようにアリスには大歓迎で迎え入れた。このハイテンション関西人がアリスの母親だと未だに信じられん。


「なんやいけずやなー。ウチはいつでもウェルカムやで!」

「何の話?」

「下らないこと言ってないでマスターこれ頼む」


 手早く近くのテーブル席についてメニュー表を指さす。


「ほいほーい。ったく、家族の交流を邪魔すんなや」

「俺は客だぞ!?」


 最後にぼそりと悪態を吐いたマスターだったがおとなしく厨房に注文を伝えに行った。

 アリスは申し訳なさそうに苦笑いしながら俺の正面に座る。


「ごめんね山元。お母さん山元の事嫌いじゃいんだけど、何か目の敵にしてて……」

「もう慣れたよ。でもアリスからも言っといてくれ」


 アリスと放課後にこの場所で話すのは最早習慣となっていた。偶に飛鳥も来るが、最近は何故か頻度が減少している。生徒会の仕事が忙しいのかもしれない。

 辺りを見渡すといつも通り常連のお客さんがコーヒー片手に本を読んでいたり、パソコンを開いて何かしらの作業をしたりしていた。チェーン店じゃない自営業の店は結構見知った顔ぶれがいることが多いと思う。


「任せて。ガツンと言っとくから」

「おう。期待してる」


 ふんすとアリスが意気込んでいる。

 さてと、横道に逸らすのはこの辺にしておいてそろそろ本題に入るか。


「うし。じゃあ、部活の事について考えるか。部活勧誘なんて結局まともにやったことないからな。去年みたいに勧誘で惹かれたら元も子もないし」

「去年って何したの?」

「そういえばアリスはいなかったか。去年は孝宏が白装束着て、作り物のナイフを持って一年を追っかけたな。それで今の一年からはヤバイ集団って思われたんだよ、不名誉だが」

「ヤバイ集団だね」


 何で去年そんなことをしてしまったのかは思い出せないが、その時はそれが一番適した方法だと思っていた。誰かに言いくるめられた気がするが、誰だったけな?


「今年はそんなことさせないからね。私がブレーキ係になる」

「錆びて効かなそうだな」

「えへへ」

「何で照れる!?」


 皮肉のつもりだったが、アリスは少し嬉しそうだった。

 本人は何も意識してないであろう笑顔も、傍から見ると絵画のように綺麗だ。実はこの喫茶店にはアリス目当てで通っている客がいるとマスターが言ってたが、それもあながちデマだとは思えないな。


「俺の考えは全員から却下されたけど、アリスは何かしたいこととかあるか?」


 目の前の銀髪少女はそれを聞くと顎に手を当てて難しそうに顔をしかめた。

 少しだけ間を空けて口を開いた。


「うーん……、皆色んな案を出してたけど私は普通のが好きかな」

「普通? 意外だな、アリスは奇をてらった事が好きそうなのに」

「心外なんだけど。私だって真面目に考えてるんだもん。どうせ普通にしててもどこかでおかしくなるんだから、最初はチラシ配りとかで良いんじゃないかな?」

「確かに言うとおりだな……。鈴音や飛鳥だから当日になったら変なテンションで暴走しそうだ。むしろ計画通りに行くはずがないか」

「うん。だから考えるだけ無駄じゃないかな。何とかなるよ」


 そのままアリスは鞄に手を突っ込み中からノートと筆箱を取り出す。

 これ以上この件に関して今日話をするつもりはない、そういう意思表示なんだろう。散々部活でも話していたし、流石にくどかった。


「何や、二人とも難しい話しとるな」


 ちょうどいいタイミングでマスターが俺の注文した料理を持ってきた。

 目の前にカレーがどんと置かれる。どん、だ。


「マスター、この店はこんなに狂った量の盛り付けをするのか?」


 俺の正面には大皿に二合以上ありそうなご飯とそれを埋め尽くすルーがつがれたカレーライスが爆誕していた。

 偏見だが柔道部とかで出てきそうな量。


「サービスや。若いんやから腹が破裂するくらい食ったら丁度ええんやで?」

「聞いたことないぞ」

「残したら罰金やで」

「ちくしょう理不尽だ!」

「今更山元に何しても別にって感じやろ? もはやウチの家族みたいなもんやしな! 遠慮なしで嫌がらせするで!」

「……っ! ああ、もうわかったよ! 食べますよ!」


 マスターの突然の大食いチャレンジ(強制)には驚かされるが、これは偶に突発的に行われるチャレンジなので初めてではない。今までの戦績は三勝一敗と割と善戦している。


「でも何だかんだ山元食べるから、お母さんも出すんだと思うよ」

「だって、残したら勿体ないだろ!」


 アリスと会話している時間で満腹感が増えるので、自分の体がそれを感じる前に食べ進める。


「そういえば山元と何の話をしとったんや?」

「部活動勧誘の話してた。どうしようかなって。部員増やさないと廃部になるんだって」

「またそんな話になったんか!? なら水着を貸すからそれで勧誘をするんや! ウチもカメラ持って待機するわ!」

「娘を売るつもり!?」

「それもそうやな、じゃあ今日の夜にでも写真撮ってええか?」

「何がじゃあなの!?」


 俺がフードファイトをしている間、アリスとマスターは仲良く家族談議に花を咲かせていた。この家族を見ていると自分の中に欠けていた何かが埋められるような気分になり、実は凄く落ち着く。

 今は厨房で作業をしているのでいないが、幸燿さんもそうだ。あの人は父親のいない俺にとって、気軽に相談できる数少ない大人だから勝手だけど慕っている。


 アリスとその家族と過ごすこの時間は、いつの間にか俺が家族を感じられる瞬間になった。実の母親を親として見れない以上、俺はこの場所に必要以上に依存しているのかもしれない。

 それがいけないことだとも思わないし、壁を作らずに接してくれるマスターたちにも遠慮なく甘えてしまっている。


 多分これが、普通の人間が当たり前に持つ幸せという感情なのかもしれない。

 家族といることで、心を許し気兼ねなく会話が出来て幸せになれる。だとすれば、親に煙たがられている俺はその幸福を味わうことが出来ない人間なのだろう。

 でも今だけは、そんなことを考えずに。

 ただこの場所に山元優作として馴染んでおきたかった。俺を家族のように扱ってくれるこの人たちに、甘えていたいと思った。

 ちなみにこのカレーライスは無事最後まで食べ終わることが出来た。



―――――――――――――――――――



 そして、次の日。

 アリスの意見に全員が同意して形だけは普通のままで部活動勧誘を行おうという話になった。

 これが春休み初日の部活動で決まり、鈴音がポスターを作成していたら僅か一週間の休みなんて直ぐに終わった。


 そして、俺は三年になる。あいつと出会う、その時はもう直ぐそこだった。


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