五十七話・部活がヤバイ
冬休みが過ぎて、来たと思ったら三学期はF1レース並みの速度で通り過ぎて。俺は気付いたら三年になろうとしていた。
実感なんてないが高校で最後の学年になるということは、これまでとはまた違って本格的に将来を考えなければならないということだ。周囲でもその手の話が多く話題に上がるようになっており、俺が教師を目指していることが何度かバレそうになった。
慌ただしくも充実した毎日の中で、今日は三学期最後の部活の日である。
灰色の校舎は俺の足音を反響させる。今日は風が強くないので、三月の寒さは日光のあたる外よりも校舎の方を寒く感じさせてきた。
自分の肩を摩りながら部室棟に行き、慣れ親しんだ廊下を歩きながら例にもよって重い戸に手をかける。
「うーっす」
「あ、優作さん! こんにちわー!」
最初に串木野先生が元気いっぱいの明るい挨拶をしてきた。
この人は一応顧問なのだが、部室にいるのを見たのは二年になって初めてかもしれない。
「串木野先生? 珍しいっすね」
「はい。今日は他の生徒から相談が無かったので、部活に顔を出してみました! 皆さんがいる時間にここに来るのは久しぶりです!」
串木野先生は放課後いつも生徒の相談に対応している。小学生のような見た目で愛嬌のある人だが、それに反比例して包容力があり多くの生徒の悩みを受け止めているのだ。
恋愛、友人関係、勉強。
高校生なんて多感な時期なのだから、他愛のない悩みを募らせる事が多いが先生はその全てに真摯に対応してくれるから人気が高い。
「先生がいるだけで、いつもの五倍は和むわね。毎日来てくださいよ」
部室で何やら大量のプリントと睨めっこしていた飛鳥が、頬をだらしなく緩めてそう言った。
昔から子供好きな奴だったから、串木野先生の事は愛玩動物のように見ているのだろう。
「先生って本当に顧問だったんですね」
「私が部長になってから初めて来ましたね!」
部長席でオカルト雑誌を二人で呼んでいたアリスと鈴音も、俺の言葉に反応していた。
オカ研は基本的に飛鳥が生徒会の雑用、アリスと鈴音が真面目に部活。俺と孝宏が適当に時間を潰すといった感じで活動している。この光景も見慣れたものだ。
「ちーっす。おわ、串木野先生いるじゃん」
「こんちわです!」
最年長なのに一番子供っぽい串木野先生は、孝宏にも満面の笑みを浮かべていた。
「そういえば僕聞いたんですけど、先生また補導されたんですよね。お酒はもう買ったら駄目じゃないっすか……?」
「うう、あのコンビニは二度と利用しません! あの時たまたま大門寺さんが通らなければ連れていかれてましたー!」
「串木野先生。お酒は二十歳になってから」
「二十歳超えてます!」
「まあまあ、このジュースあげますから」
「わーい……じゅ、ジュースよりお酒が好きですよーだ。大人ですから!」
アリスたちが先生をからかう。
常に新鮮な反応をするから、傍から見ていても面白かった。
「そんで、先生は今日何か用事があったんですか?」
息を荒くしていたので疲れて話せなくなる前に、話を聞いてみた。この人の場合、何か理由があって来たのか気まぐれなのか五分五分だから。
「あ、そうでした! 皆さんお揃いですねー?」
「あと一人来てないっすよ」
「ほえ!? すみません。私ったらうっかりしてました!」
「孝宏の冗談っすよ。本気にしないでください」
流石に先生の事いじりすぎだろ……。詐欺にあった直後の人のように、拗ねて孝宏を睨みつけていた。
頬が膨らんでいるのが可愛い。
「むう、後でお説教ですからね……。今日来たのは皆さんに報告があったんですよ」
「報告、ですか?」
改まった言い方に鈴音が首を傾げる。
「はい。実は――」
「待って! 何か急に嫌な予感がしてきたんだけど! 私帰るわ!」
「まあまあ飛鳥、最近落ち着きないよ」
「僕は、何となく予想つくなあ……」
「そうなの!? 全然わかんないや……」
「お前ら、人の話遮るの好きだよな」
逃げようとした飛鳥をアリスが止めていたが、串木野先生は何故かその光景を満足げに見ていた。
「そんな変な話じゃないですよー」
同感だ。串木野先生に限って、俺たちが困るような事を言うはずがない。
まったく皆は先生に対しての信頼というものが足りないな。
「五月までに新入部員を三人は加入しないと、廃部だそうです。校長先生から急に言われました」
「は!?」
自分の口から変な声が漏れてしまった。




