表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
幸福に生きたい不幸なあなたへ  作者: 木鳥
序章・アリス
18/243

   幽霊少女の願望②

 俺が来るのは意外だったのかもしれないが、アリスの声に俺への興味は含まれていない。カーテンで遮られて、こちらからは見えない何かをじっと見つめていた。


 反応はしてくれたので俺はそのまま話を続ける。


「馬鹿な俺でもわかるくらい、ヒントをくれてたからな。覚えていた記憶の話で、お前の親がやってる喫茶店に行く前に通った暗いところ、それは夜の道だ。そして、お前が記憶の最初に覚えていた白いところは病院。あの話は、幽霊になったお前が、病院から自分の家まで帰っただけだったんだよな」


 アリスはこくりと頷く。それが俺の考察が正しいと肯定したものであるというのは、流石に分かった。


「そう。ただそれだけの行動だった。でも、私はそれすらも忘れていた。いえ、自分から忘れるようにしていた。」


 アリスは俺にもその視線の先が見えるようにカーテンをずらした。


 そこには、目をつむりベッドに寝転んでいる人がいる。

 

 生きている人間の体を持ったアリスだ。


 写真でも思ったが、食事や最低限の行動を取れるというのは本当のようで、寝たきりの割には綺麗な体でやせ細ってはいなかった。


 規則正しい寝息で、病気なんて嘘かのように安らかな顔で寝ている。


 その姿は精巧に作られた人形のようで、触れれば消えてしまいそうな程の儚さを感じさせる。銀髪が月明りによって透き通るように輝き、ツンと凛々しいまつ毛は少女の容姿の非現実性を一層加速させていた。


 花に例えるのなら白いユリだ。以前友華から聞いた言葉の受け売りではあるが、花言葉は純潔・威厳というらしい。なるほど、白いユリにそのような気持ちを抱いたやつの気持ちも分からんでもない。


「その、お前は、アリスなんだよな?」


 少し不安になって尋ねる。

 アリスはそこで初めて俺を見て、目を細めた。 


「うん。私はアリス。ここで寝ているアリスだよ」


 後ろから差した月明かりがアリスの顔を幻想的に照らす。儚くそれでいて怪しい光は、今のアリスそのものを表しているように思えた。


「俺がわかったのはアリスがここに来たってことだけだ。何を目的にしているのかまではわからない」


 アリスは俺に緩慢な笑顔を浮かべ、嬉しそうに後ろで指を組む。


「嘘でしょ。それ」

「嘘じゃない。本当にお前が何をしたいのかまではわからなかったんだ」

「だったら、そんなに服をボロボロにして汗もかきながら私を探さないでしょ。わからないにしても、予想はできた。違う?」


 ああ。俺の浅はかな思考などアリスにはとうにお見通しだったようだ。


 確かに俺はアリスの考えはわからない。でも、状況から考えてそれなりの答えは出ていた。それはアリスが記憶を忘れるようにしていた、という発言で確信に近づいている。


 多分アリスは……。


「俺の考えは、その、お前にとって嫌な間違いをしているかもしれない。いいか?」

「うん。多分それで合ってる。」


 同意を貰ってから、俺は自分の考えを話すことにした。歩いてアリスのベッドに近づき窓側にいる幽霊のアリスとは対面に位置する。見下ろすと本当に綺麗な顔だなと改めて感じさせられた。



「お前は、起きるつもりがないんだろ。――酷い言い方をすれば、死のうとしているんだ。このまま、この場所で。」



 アリスは俺の答えに不思議と満足そうに頷いた。


「うん。そうだよ。私は、戻る気がない。幽霊になって、自分の状態に気づいてそうしようと思った。だから、未練が無くなるように自分から全ての記憶を忘れた。まあ、今度はそれが未練になっちゃったんだけどね」


 自嘲気味に話すが、アリスのその言葉は冗談ではなく心の底からそう望んでいるんだと思う。


 耳にかかった髪を払い、窓の外を見つめるその瞳は決断への迷いの無さを感じさせた。


「……どうして、お前は、死のうとしているんだ?」


 わからない。


 恵まれた環境、良い両親に囲まれて、幸せに暮らしてきたのがこのアリスについて俺が持つ印象だ。


 そんな彼女が、死ぬ動機が見当たらない。


「私は、息苦しかったの。昔から体が弱くて、何もできない私に、お母さんもお父さんもいつも優しくしてくれるから。怒られたことなんてないから、それが不気味でずっと生きづらかった。だから、折角の機会だしこれ以上親に迷惑かけたくないから、このまま死のうかなって。」

「は? ……そんな理由で、死ぬのか?」


 思わず俺は聞いてしまう。


 説得しようと思ったんだ。アリスが死ぬことのないように、何か抱えているものがあるのなら俺がそれを緩和させようと考えていたんだ。


 でも、それはできない。俺はアリスがこの世界から離れようとしている理由を理解することができなかったから。だから、何を解決すればいいのかがわからない。


 深く暗い海の底に沈むように、そのアリスの答えは俺を震えさせる。寒く、理解できない狂気を感じたのだ。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ