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幸福に生きたい不幸なあなたへ  作者: 木鳥
四章・孝宏
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   屋上にて③


「面白いってなあ……。悪かったよ、柄にもないこと言って」

「拗ねんなって、その、面白かったぞ!」


 最後の方でまたクスクスと笑われる。


 孝宏にとって何かのツボだったのだろうか。それとも、そのソフォクレスっていう人が変な人なのか。俺にはわからなかった。


 一通り笑い終わると、腹を押さえながら孝宏が顔を上げる。


「ふう、はあ。そういえば優作、僕の進路希望聞いてたよな。ついでだし、あれも話そうか」

「そういえばそんな話してたな。色々あってすっかり忘れてた」


 その話を始めようとしたら枕崎に会って、孝宏の過去を聞いて、そして夜に大喧嘩したのだった。


 ……思い返すと昨日は結構壮絶な放課後だったな。


「昨日の謝罪も含めて、僕から教えてやるよ。覚悟しろよー」

「何になるつもりだよ……」


 変な言い回しをするので呆れてしまった。

 まあ、こいつのことだから照れ隠しのつもりなんだろう。


 俺のツッコミには特に反応すること無く、孝宏は話を続ける。


「僕はさ、医者になりたいんだ。だから進路もそっち系だよ」

「医者!?」


 予想もしていなかった答えに素直に驚く。

 驚きすぎて自分の脈が速くなったのがわかる程だ。


「意外だろ? 僕の親が医者でさ、それに憧れてって感じかな」

「……空手の方はもういいのか?」

「中学と高校じゃ進路は変わるもんじゃん。別にあの件を引きずってるとかじゃないよ。僕の意思だ」


 孝宏はどこか清々しく、満足気にそう言った。


 その反応を見ていたらいまの言葉に嘘がないことくらいわかる。本当に、自分のしたいことが、医者になることなのだ。


「へえ、まあ、お前ならなれるんじゃないのか。成績良いし」

「はは、まあね。にしても未来が見えるって時より驚くとは思わなかったよ」


 他の奴が言ったら、現実離れした夢だと思う。だが、孝宏に関しては本当に実現できてしまいそうだ。


「で、お前はどうなんだよ。進路。どの方面に進むんだ?」

「……なあ、今更だけど言わないと駄目か?」

「当たり前だ。言いやすいようにわざわざ僕から話したんだぞ。馬鹿にしないから言えって」

「……はあ。わかったよ」


 孝宏の将来ほど意外なものじゃないから、この後に言ってもそこまで驚かれないとは思うけれど。何か言いにくいな……。


「……教師」

「は?」


 今まで笑って茶化していた孝宏の表情が凍る。


 その反応に改めて恥ずかしくなり、その気持ちを誤魔化すためにいつもより早口で話す。


「だから教師だよ! 先生だ!」


 孝宏は相変わらずポカンとしていたが、次第に口をあんぐりと開け目を見開いた表情に変わっていく。


「きょ、教師!? お前が!?」

「自分でも思ってるよ、おかしいって! でもそれがやりたいことなんだから仕方ないだろ!」

「あ、いやいや否定してるんじゃなくて。凄い似合ってるぞ! 僕も優作は教師になってほしいって思ってた!」

「嘘だろ」

「本当だって!」


 普段の俺からは考えられないような夢だし、何よりいまの成績では到底無理な話だ。


 それなのに俺に教員を目指してほしいなんて思う筈がないだろう。


「お前は何というか、人の気持ちに普段は鈍いくせに肝心な所では誰よりも鋭いだろ。そんな奴が教師になれば、生徒の悩みを聞いてやれるのになって思ってたんだよ。学生の悩みって単純そうで複雑だから、お前みたいな奴じゃないと理解も難しいしな」


 孝宏が真っ直ぐな目で本当に嬉しそうに言う。


 何というか、笑われると思ってたから素直に俺も嬉しい。自分の夢が認められるとは思っていなかったから。


「ま、まあそんなところだ! この話しはもう終わりな! 誰にも言うなよ!」

「わかってるって。ついでだし、勉強教えても良いぞ。どこかの不良さんは、一年の頃は真面目に授業出てないから基本が出来てないだろうしな」

「マジで助かる!」


 そんなことを言いながら、孝宏と屋上を出て部室へと向かう。


 人生で自分の悩みを相談できる友人なんて、そう多くは出来ないだろう。ましてや俺みたいな奴には一人できたら奇跡だと思っていた。

 孝宏は、友人は多いが悩みを相談することが出来なかった。弱い自分を見せるのが嫌だったから、一人で抱えて最悪な選択をしてしまった。


 でも、二度とそんなことはないだろう。

 俺に限らず、オカ研の皆は超がつくほどのお人好しだ。そんな連中に囲まれてたら嫌でも悩みは打ち明けたくなる。俺も孝宏も、あの部活に救われているのだ。

 だから、今日も特に用事はないが馬鹿なことをやりに部室に向かう。

 俺の悪友は心底ワクワクした顔で、今日も悪ふざけに勤しむ。

 自分の観測した未来よりも、今を目一杯楽しむために。



「あ、そういえば孝宏。俺たちの未来とか見えたことあるのか?」

「ん? もちろんあるよ。聞きたい?」

「いや、聞いたらつまらなくなるからやめてくれ」

「そっか。……未来はさ、変えられるから面白いんだ。僕の能力ですら、行動次第でどうにか変えられるんだから」

「おう。俺は未来は変えるものじゃなくて、来るものだけどな」

「まあ、殆どの人はそうでしょ。だから、優作もどんなに辛いことがあっても希望を捨てるなよ」

「どうしたんだ、急に深刻そうに」

「いや、……なんでもない」


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