屋上にて②
昨日の話。
そう聞いたとき仰向けで空を眺めていた孝宏の鼻がピクリと動いた。しかし、視線は相変わらず空を見つめたままだ。
「おう。悪いな、話すの遅れて」
「まあ、昨日は俺よりも枕崎を優先してほしかったし。気にしてないぞ」
「そうか」
俺も孝宏を見ずに野球部の掛け声を耳に入れながら沈みかけた太陽を見つめる。放課後の屋上は形容しがたい感情を掻き立てる。青春感とでもいうのだろうか。
昨日あんな大喧嘩をした相手と隣り合って空を眺めるなんて、青春という言葉で誤魔化さなければ全くもって違和感しかない状況だ。
「あの後、枕崎とはどうなったんだ?」
「七海にはちゃんと誤ったよ。細かい事は聞かれなかったから、今度の日曜日にまた会う約束して別れた」
「そうか」
二人して謎の沈黙が流れる。
でも、不思議と気まずくは無かった。
何を喋らずとも次にどちらが話すのかは何となく伝わっていたから。
予想通り相変わらず二人で空を見上げたまま、孝宏が口を開く。
「言ったよな、僕の悩みの原因を話すって」
「おう。今日はそれを聞きに来たんだしな」
「そうか」
孝宏の抱えていた悩み。結局のところその本質が何なのかを俺はまだ知らない。中学の頃好きだった人を疎遠にしてまで、孝宏が悩まされたものとは何だったのだろう。
その答えを孝宏が自分から口にした。
「僕さ、偶に人の未来が見えることがあるんだ」
それは突拍子の無い、魔法みたいな内容。
「……そうか」
「あ、信じてないだろ。本当だぞ」
「いや、信じてるよ。マジでな」
「本当か? むしろこんな話聞いてすぐに信じる方が怪しいんですけど」
「まあ、そんなこともあるだろ。ここだけの話、俺はお前以外にも変な能力を持っている奴を知ってるからな。疑うような事はしないよ」
勿論聞いた瞬間は少し驚いた。だがその時だけ我慢して顔色を変えなければ、孝宏の能力に対しては関心の方が強くなる。
アリスも幽体離脱の力を持っている。
孝宏の未来を見る能力も存在していて何らおかしいものではないだろう。そう自分の中で納得がいった。
「お前、頭大丈夫か?」
「お前なあ!?」
そこで初めて孝宏と目があった。
人が気を遣ってやったのに頭の心配とは失礼な奴だ。
孝宏はいたずらが成功した子供のように笑って俺を見ていた。
「冗談だよ。ちなみに七海から離れたのは、中学時代に七海がガラの悪い連中に襲われる未来を見ちゃってさ。それが最後の大会に近かったから、ビビッて助けに行くのが遅れて七海を危険な目に合わしたからだよ。タイミングも分からないこの力で、見た未来を変えられたのは後にも先にもその時だけだ」
「なるほどな。そんでお前は責任を感じて自分勝手にいなくなったって事かよ」
「おう。まあそんな所だ」
枕崎がどうなるのかを知っていたのに恐れて助けに行くのを躊躇った。
その不甲斐ない事実が孝宏をここまで苦しめたという事か。
アリスといい孝宏といい、変な能力を持っている人間にはお人好しが多すぎるな。
「くだらないな」
「言うなよ。僕だってもう反省してるんだから。周りに駄目もとでも相談すれば、協力してくれそうな奴もいたのにさ。そいつとも勝手に距離を作っちゃったし」
それは多分、枕崎が言っていた当時の空手部部長の事だろう。
本当にこいつは普段は器用なのに、対人関係では自分が背負うものを大きくしすぎなんだよ。
「お前ももっと気楽に周りと関われば良いんじゃないのか? 人間なんて皆ずる賢いし、優しいんだ。お前だけが全部を背負ってたら他の人がずるばっかして優しくなれないだろ」
途中から自分でも何言ってるんだと思ったが、ギザったらしくても今の俺は孝宏にこれを伝えたかった。
恥ずかしい。
そう思って孝宏を見ると何故か目を丸くしていた。
「お前、ソフォクレスなんて知ってたのかよ」
「誰だそれ?」
「……っぷ。はは! やっぱり面白いな優作は!」
何故か孝宏は大爆笑していた。本当に訳が分からない。