五十五話・屋上にて
孝宏との大喧嘩から一夜が明けた。
俺はいつものように学校に向かっている。昨日はあの後、孝宏が枕崎に謝りに行って俺はその結末を見ること無く帰宅した。
あいつはあの状況で嘘を吐くような奴じゃないし、何より色々と限界だった。孝宏が自分から負けを認めなかったらダメージ的に俺が確実に敗北していたし。
そんなわけで文字通り体を引きずりながら帰宅し、家で怪我の治療をしたら後はベッドに落ちたという訳だ。あの後のことは枕崎と一緒にいた山川から詳細を聞けるだろうし、特に気にかけている事はなかった。
そんなことよりも、今は目下大変な問題がある。
「……」
「……」
「……山元」
「……はい」
「喧嘩、したの?」
学校に着くなり床に正座させられ椅子に座ったアリスに説教されているのだ。
教室に入ったら多少は心配されるかな、なんて思っていたが第一声が、山元、正座しよっか、だったのは予想外だ。
「してません」
「その傷は?」
「階段から落ちました」
「……」
「……」
アリスさんと目を合わせられない。
何というか視線が重なると思わず萎縮してしまいそうなほど睨まれているのが雰囲気からわかる。
ドキドキして顔を見れない。これが、恋という奴なのだろうか。
「なに考えているのかわかりませんけど、違うと思います」
「お、鈴音。今日はそっちでいくんだな」
隣で様子を見ていた鈴音が呆れたように俺を見ていた。
元気な人格と、敬語でおとなしい人格があるが今日はあまり人前で見せないおとなしい本来の鈴音のようだ。
「優作がそんな怪我をして来たんですから驚いて素が出てるんですよ。アリスちゃんも心配してますよ」
「山元、正直に話して。私が私である内に」
「これで心配してるのか!?」
殺意を抱いていそうな面持ちだ。
「何を聞かれてもこれ以上なんもでないぞ! 仮に何かあったとしても、話す気はない!」
流石にこの件を話すと孝宏の触れられたくない過去を知られる可能性がある。
友人としてそんなことは出来ない。折角あいつが枕崎と向き合っているんだ。これ以上変に気を配るような事態は招きたくない。
俺の固い決意を前にアリス達は困ったような顔をしていた。悪いな。今回ばかりは話せない。男の約束なんだ。
「はあ、もう。私たちで駄目なら飛鳥コースだよ」
「勘弁してください、話します」
流れるように土下座に移行した。
男の約束? そんなもんで身の安全が確保できるのかよ。下らない。
その時教室の戸が開かれる音がした。
「おはよーう。優作いる?」
顔を上げると飛鳥が怖いくらいニコニコしながら入ってきていた。
その後ろには、生気を失った真っ青な孝宏に似た何かがある。
「話は聞いたわよ。ほら、お仕置きするからこっちに来なさい」
「嫌だあ!」
「優作。僕は受けたんだ。お前もいってこい」
「やっぱり孝宏だったのか! 男の約束はどうした!?」
「何だそれ? 美味いのか?」
「人でなしが!」
俺は飛鳥にずりずりと引きずられて教室の外に連れ出される。
男同士の約束を破るなんて何て奴だ!
飛鳥からの説教は朝のホームルームギリギリまで続き、俺はただの屍になった。
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放課後。いつもは用事がないので部活に直行するが、今日は一ヶ所だけ寄り道をする。
教室を出たら階段を上に登り屋上に向かう。この学校の屋上は施錠されているが、ドアの上にある小窓が開いているので、そこから体を通して侵入できる。ドアノブに足を乗せれば簡単には入れるので知る人ぞ知るサボりスポットだ。
そんな屋上に入ると既に先客が一人。暇だったのか寝っ転がっていつぞやのアリスのように空を眺めていた。
俺もそいつの横に進んで、どさりと座り込む。
「孝宏、昨日の話聞かせてもらってもいいか」




