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幸福に生きたい不幸なあなたへ  作者: 木鳥
四章・孝宏
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   だからお前は⑤


「……何で、お前はそこまでするんだよ」


 俺への回答ではなく、質問をされる。

 なんでって、そんなの。


「そんなのわからない。俺が聞きたいくらいだ」


 少し笑いながらそう答える。


 俺だってどうしてここまで孝宏の問題に首を突っ込んだのかわからない。普通は他人のプライベートな部分には、友達といえども干渉しない領域があるというのに。

 そう聞かれるとおかしいと思う。


 何で俺はここまで必死になっているんだ?

 少しだけ考えると、カチリとパズルがはまるように俺の答えが浮かんだ。


「あ、いや、待て。一個あった」


 自分の中に、なぜ俺がここまで首を突っ込むのかという問いへの確かな答えが存在していたのだ。それは、かなり単純なもの。


「多分、最終的には俺のためだ。俺がスッキリしたいから、こんな状況で見放してこれ以上お前にどんよりされたら敵わないからだな。普段うるさい奴が静かだと、何となく調子も下がるもんだろ?」

「お前、やっぱりおかしいぞ」


 おかしいって……。孝宏にだけは言われたくないな。


 なんだかこのままでは話が流されてしまいそうなので、俺は構えを取り臨戦態勢になる。


「まあ、話はこのくらいにしよう。このままだとお前のペースに巻き込まれて、枕崎を見捨てることになる」

「そうかよ。……本当にやる気なんだな」


 孝宏も俺の考えがぶれないことが分かったのか、観念したように一息吐く。


 そして俺を鋭く睨みつけた。


「言っとくけど、七海が関わっている以上僕は手加減なんてしない。相手がお前でも、本気で殴るぞ」


 そう言って孝宏も構えを取る。

 右手を前方に折り曲げて肘を腰辺りで構え、肘の向きは体の内側に入っている。

 左手は腰付近にあり体の正面はがら空きのように見えた。それでも、多分こいつの構えには一切の隙が無い。

 俺の喧嘩だけの我流の動きと、何年も研鑽を積んできて全国覇者の経験もある男のレベルの差は言うまでもない。

 後手に回れば確実に負ける。ここは、先手必勝しかないだろう。


 孝宏と視線が重なり、互いに間合いを測る。じりじりと、ゆっくり動いて距離を詰めた。

そして呼吸を吐き出すタイミングで腰と踏み込みを連動させ、ジャブのような最速の拳を叩きこむ。

 はずだった。


「な!?」


 俺の拳は孝宏の交差した両腕に防がれ、そのまま流れるように片手で斜め上に運ばれる。当然その瞬間俺の体は完全に無防備になった。

孝宏は交差した腕のもう片方を既に引いていて、後は予定調和のように綺麗な動きで俺の腕をはらった左手を引く。右拳が俺の腹にめり込んだ。


 元空手部の綺麗な正拳突きが、ごりっと音を立てて抉るような衝撃を伝える。


「が、は! ――っつ! は!」


 肺が驚いてしまい呼吸が取れない。悶絶して地面に倒れこんだ。


「言っただろ。僕には勝てないよ。左手に力が入りづらいけど、そんなのハンデにすらならないだろ」

「――はぁ! はぁ! んなもん、俺を倒してから言え!」


 呼吸を根性で整えて、俺は見下ろしてくる孝宏を睨みつけた。

 孝宏の動作は正直予想以上だ。何千、何万とそれだけを続けてきた男の流れるような受けに全く太刀打ちできない。


 それでも、やるといったらやるしかない!


「おら!」


 屈んだ体勢から孝宏の足に蹴りを放つ。


「よっと」


 しかし、孝宏はわかっていたかのようにそれを飛んで避けた。

 その隙に俺も後ろに下がって距離を置く。一発喰らっただけなのに、腹部にはずっと電流を流されているような痛みが走っていた。


 流石に連続で入れられるのは勘弁してもらいたいな……。


「今度はこっちからいくぞ!」


 突っ込んでくる孝宏。腹を庇いながら避けようとしたが、肩に重いのが入った。


「っ! が!」


 怯んだら相手の思う壺なので、また距離を取った。

 ここまで差があると、自分が情けなくて嫌になる。だが、そんなことを気にしていられるほど休憩は与えてもらえなかった。


「逃げん、な!」


 蹴りが飛んでくる。

 それは俺の顔に命中した。


 鈍い衝撃と共に視界が真っ白になる。脳は右往左往し、平衡感覚は消滅。体が吹き飛ばされたのではないかと思う程の圧に押される。

 気付けば頬が地面にぴたりと着いて、口の中は切れた場所からの鉄の味でいっぱいだった。


「はあ、はあ、終わりだ。僕の勝ちだよ」


 呼吸を整えながら、孝宏が俺を見下ろす。

 意識が朦朧として、何を言ったか聞き取れなかったがこいつの考えは目を見たら大体伝わってきた。  


 くそ……。ふざけやがって……。


「もうこれ以上、関わるなよ。お前じゃ僕に、なにも勝てないんだから」


 息を荒げながらも、はっきりとそう口にされる。

 背を向けて孝宏がこの場を去ろうと歩き出す。

 俺の中ではこの時、言い様の無い怒りに近い感情が湧き出ていた。


「まだ……だ」


 何とか意識をはっきりさせ、ゆっくりと立ち上がる。

 孝宏はもう終わったと思ってたのか、驚いて目を丸くしていた。


「な、何で!? もう立つなよ!」

「はあ、はあ! こんな痛み、屁でもないんだよ!」


 そうだ。


 殴られた体の痛みは、一時的なものだ。俺が倒れないのは、倒れたいほど全身が痛くてもこれ以上に苦痛を感じている奴がいるから。


「今一番痛いのは、お前だろうが! だから、俺は何度でも立ってやるよ!」


 体のダメージを吐き出すように、大きな声を出す。


「うるさいんだよ! 何でお前はそう、僕の予想外の動きをするんだ! 気持ち悪いんだよ!」

「お前が折れないから、こんなことしてるんだろうが!」


 孝宏の腰に掴みかかる。

 そのまま体重をかけて地面に押し倒した。

 直ぐ様馬乗りになり、孝宏の胸ぐらを掴みあげる。


「お前が一番辛いのはわかってる! だから俺は、お前を殴って、馬鹿な悩みを捨てさせるんだよ!」


 頭突きをした。

 鈍い声を挙げて孝宏が後頭部から地面に落ちる。すかさず俺は拳を顔面に叩き込もうとした。

 しかし、それは孝宏に止められる。 


「っ!?」

「黙って聞いてれば、ごちゃごちゃ言ってんじゃねえ!」


 今度は孝宏に押し倒され上を取られる。


「誰が好き好んでこんなことするかよ! どこの世界に、好きな女と別れたい男がいるんだよ! 何もわからないくせに、下らないとかほざいてんじゃねえ!」

「何もわからないから、下らないんだろうが!」


 孝宏の突きを受け止めて、下から顔面に拳を当て返した。


 孝宏の体が怯んでよろけた隙に脱出して、座り込むように地面に尻を着く。孝宏も俺のが相当上手く入ったのか、立ち上がれそうになかった。


「お前が何を抱えてるのか知らないから、だから俺は枕崎だけが可哀想だと思うんだ! 自分から誰も頼らずに、誰かに助けられるなんて幼稚な考えなら捨てちまえよ!」

「お前!」


 孝宏がまた飛びかかってきた。

 もう互いに防御なんて考えておらず、ひたすら攻撃を喰らいながら相手を殴り続けていた。


「僕だって悩んだんだよ! 葛藤したんだ! 空手も好きな人も、全部を捨てるのがどんだけ大変かわかんのかよ!?」

「わかんねえな、捨てたこと無いしよ! それに俺だったら、全部を救う方法を考える!」

「それがないから、こんなになったんだろうが! ボケぇ!」

「違う! 方法がない筈がないだろ! 問題の根っこが何なのか、自分でわからなかったら誰かを頼れよ!」


 上も下もわからないくらい揉みくちゃになりながら、俺たちは互いに全力で殴りあった。

 問題の本質を見れば、意外と簡単に解決できるかもしれない。これは俺が誰かの言葉を真似したものだ。

 高飛車で、俺と孝宏の間にいつもいた顔もわからない誰かの最後の言葉。


「はあ、はあ!」

「っは! ああ!」


 二人して仰向けに倒れる。

 体中痛いし、口の中も切れてるしどっちもボロボロだ。

 息を吸うのすらしんどいが、全力で肺を空気で満たす。そして、俺の言葉と一緒に一気に吐き出した。


「黙って俺たちを頼れよ! 馬鹿野郎がああああああああああ!」


 孝宏にではなく、仰向けになって夜空にそう叫んだ。

 俺の直ぐ隣で孝宏も息を荒くしながら倒れている。互いにしばらく動けそうになかった。


 だが。

 孝宏は、話すのも辛い中、ゆっくりと口を開いた。


「はあ、はあ! ああ! くっそ! 何だって最後までお前はぶれないんだよ! ちくしょお!」


 恨み言のように、腫れた頬の痛みで顔を歪ませながらそう言った。


「……敗けだ、僕の敗けで良いよ!」


 吐き捨てるように、どこか嬉しそうに。

 孝宏はさっきの俺の声に負けないくらいの大きな声で、夜空にそう叫んだ。



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