だからお前は④
「なあ、どうして枕崎から距離を置いたんだ?」
アリスや鈴音曰く、俺はデリカシーとやらが欠如しているそうだ。どれだけ取り繕っても庇いきれないなら、と最初から正直に本題を口にした。
孝宏はこの質問をされるとわかっていたのだろう。目を閉じて一呼吸置くと、口を開いた。
「悪いけど、それは話せない」
はっきりと、固い決意を込めてそう言った。
「いや、話してもらう。お前は色々と普段の行動から思わせ振りだからな。たまには秘密の一つや二つ教えろよ」
「随分強引だな……、嫌われるぞ」
「お前に嫌われてもな。そもそも何で俺と二人になった?」
「ああ、それは。七海がいたら僕は色々とぶれそうだったから、かな」
孝宏は目を細めて、空を見上げていた。夜なので星が点在し、明かりの少ない公園からだとかなり綺麗に見える。
その行動は大きな後悔を思い出しているようにも見える。
「あくまでも、枕崎に会う気はないんだな……」
「まあね。僕はこれ以上、七海と関わることはできない。それが七海のためだから」
「ああ……、もう! 歯切れが悪いな! お前の言ってることが何もわからないぞ!」
「そりゃそうだよ。優作には絶対にわからない」
そう言って孝宏は真っ直ぐに俺を見据えた。
「もう一度言うよ。僕は七海に関わらない。今まで通り何も変わらない日常を送りたいんだ。七海と会ったばかりのお前が、これ以上口を突っ込まないでくれ。そんなお節介は迷惑でしかないぞ」
最後の方は睨み付けるように、そう言い放つ。
普段の孝宏はしないような、はっきりとした怒気が籠っていた。
夜の公園の肌寒さも忘れるほど、俺は緊張していた。もちろん顔には出さないが、完全に臆していたのだ。
でも、それでも、ここで食い下がるわけにはいかなかった。
「ああ、そうかよ……。本当に初めて会った時から、お前は嫌な奴だな」
「あの時はお前が喧嘩売ってきたんだろ? 僕は嫌だったのに」
呆れたようにオーバーリアクションを取られる。
……こいつは何でこんなに無理をするんだ。俺じゃなくても、孝宏と少し関わった人間なら誰でもわかる。こんなに辛そうな顔をしながら話す奴じゃない。
いつも冗談言って、俺と馬鹿なことしてる孝宏は、こんな弱そうな奴じゃないんだ。
そこまで様子を見ていて、自分の中で決意が固まった。
俺しかいない。
孝宏を、いま枕崎の前に突き出せるのは俺だけなんだ。今じゃないと、本当に孝宏は心を閉ざしてしまう。そんなどっちも不幸になる結末を、見て見ぬふり出来るほど俺は大人じゃない。
葛藤もある。不安もある。恐怖もある。
でも、馬鹿な友人を一発殴りたい気持ちはそれよりもずっと強かった。
だから。
「……よし! じゃあやるか! あの時の続き!」
だからそう言うのは、俺からしたら必然の流れ。
「へ?」
珍しく孝宏が呆けた声を出す。
全く持って予想外の提案だったのだろう。
「初めて会った時の、喧嘩の続きだ。あの時は、誰かに邪魔されて途中で終わってたからな。今からその続きをするぞ」
「はあ!? お前、何言ってるんだよ!? 僕は何も、そんなことをしたい訳じゃ」
「お前の考えなんてどうでもいい! 煮えきらない態度を俺が気に食わなかっただけだからな!」
「や、で、でも! 何でそんなことしないといけないんだよ!?」
「俺が勝ったらお前は枕崎にちゃんと謝れ! んで負けたら、この件には金輪際関わらないし誰かに言ったりもしない! お前との付き合いを変えるつもりもないから、晴れて今まで通りの生活が送れるぞ」
孝宏にとってのメリットと提案する。
しかし、我ながら最低な事を言ってるな。昔のように何でも暴力で解決するのは辞めようと思っていたのに、結局こうなるのだ。
半ば脅しのような謳い文句で、孝宏を焚き付けてまでして俺はお節介を焼き続けたかった。今の俺に、孝宏の為に取れる行動はこれ以上思い浮かばなかったのだ。
頭が良ければもっと良い方法があっただろうけど、これが一番手っ取り早いと思った。
孝宏は突然の提案に動揺しているが、困ったように口ごもった後に考えを声に出した。




