だからお前は③
「こちらに来たということは、メッセージは見ていただけたのですね」
「もちろん! まさか山川ちゃんに二人きりで会いたいって言われるなんて、思ってもなかったけどね」
「ええ、そうでございましょうね」
テンションが目に見えて高い孝宏に、山川は本当のことを打ち明けるのが申し訳無くなったのか顔をしかめた。
「あー、まあ、期待しているような事はありませんけれど。少しお話したくて連絡しましたわ」
「べ、別に何も期待してないよ! 話って何?」
「ああ、えーと……」
歯切れ悪そうに俺の方を見てくる。あまり嘘が得意そうではないので、この辺りが限界だろう。
山川はもう十分に役割を果たしてくれた。孝宏をこの場に呼べたのは、下心を利用できた山川の存在がなければ不可能だった。後は、俺がどうにかするしかない。
「じゃ、行ってくるな」
「はい……お気をつけて」
枕崎に一瞬不安げな視線を送られた。
俺は孝宏に向けて歩みを進める。足音が聞こえた時点で、孝宏の注意がこちらに向いていたが、そこまで驚いた様子ではない。
ただ俺を見て、つまらなそうに目を細めていた。
「孝宏悪いな。俺が騙したんだ」
「……はあ、そんなことだろうと思ってたよ」
残念、というよりは呆れたように息を吐かれる。
多分孝宏は山川からの呼び出しがあった時点で、その裏に何が介入していたのかを薄々理解していたのだろう。
普段は馬鹿な印象があるが、孝宏はそういう男だ。常に物事の真理を見抜いているような気さえある。
「お前に、話があるんだよ。普通に呼んでも来ないだろうから、山川に協力してもらったんだ」
「なるほどね。山川ちゃんが手を貸したのは予想外だけど……。今日中にお前に呼ばれそうだとは何となく思ってたよ」
孝宏はいつものように笑っていた。
俺に呼ばれると思っていたということは、そこで何を聞かれるのかも想定済みなのだろう。
「あ、七海もいるんだろ? 出てきなよ」
俺が来た方向に呼び掛ける。
流石にばれていたようだ。おずおずとした様子で枕崎が顔を出した。
「……先輩。さっきぶりです」
「うん。そうだね」
二年以上顔を会わせていなかったにもかかわらず、孝宏の反応は相変わらず淡白だ。
枕崎は先ほど思い出話をした時と打って変わって孝宏の前だというのに、少し申し訳なさそうな表情を浮かべた。
違和感のある孝宏の対応に、募らせてきた思いが不安を駆り立てているようにも見えた。
「それで孝宏、本題なんだが」
「ああ、待って! えっとさ、山川ちゃんと七海は少し外してもらっていいかな?」
「え?」
枕崎が目を丸くする。俺でもわかるくらいショックを受けていた。
それを見て孝宏が慌てて弁解する。
「いやいや! 七海に話したくないとかじゃないんだけど、今は僕が一番信頼できるのは優作だから……。今日は冷たくあたってごめんね。後で必ず謝りに行くよ」
「……はい。私、信じてますから。絶対に先輩を一人にしませんから!」
枕崎はそう言って孝宏の手を握りブンブンと振るう。
孝宏からまた会いに来ると言われて、心の底から嬉しいのだろう。
「まったく……。呼び出したのは私ですのに」
山川は未だに不安そうだったけれど、反対しているようではなかった。
「それでは枕崎さん。この辺に千夜子さんというお茶に魂をとられた頭のおかしい方が住んでますので、そこで時間を潰しますわよ」
「え、ヤバい人の所に行くんですか……?」
「私の部下なので、断られませんわよ。ほら、男同士で話をさせてあげますわよ」
山川はそう言って歩き出す。枕崎も慌てて後に続いていた。
「終わったら連絡お願いしますわ」
公園から山川達の姿が見えなくなる。
そのタイミングまで孝宏は終始無言だった。
いつもは余計なくらいに口を開く奴が静かなので、俺の調子まで狂わされそうな気分だ。
いや、そんなことよりもまずは。聞かないといけないことがある。
「で、何であんな嘘を吐いたんだよ」
「嘘?」
まだとぼけるつもりか。
ここまでされると、だんだん腹が立って来るな。
「枕崎にだよ。最後にまた会いに行くって言っただろ。あれ、嘘だろ」
「酷いなあ、どうせ七海から聞いてるんだろ? 僕だって七海とあんな別れ方をしたのは悪いと思ってるんだ。こんなに時間をかけて探してくれてたのに、これ以上無視はしないよ」
へらへらと笑いながら、軽口を叩くようにそう口にした。
本当に、こいつは……。
「あのなあ、お前の嘘はわかりやすいんだよ。無理してるなら、俺に気付かれないようにやってくれ」
呆れる程に今の孝宏は普段と違っていたので、その程度は簡単に確信できた。
唯でさえ他人の表情や感情には敏感に生きてきたんだ。孝宏の変化に気付くなという方が難しい。
「……」
俺に図星を突かれたのが意外だったのか、孝宏は目を丸くしていた。
「何だ? 間違ってないだろ」
「いや、七海にも似たようなこと言われたなって……。はは、やっぱお前は凄い奴だ」
孝宏はうっすらと笑った。
枕崎に会って以降、初めてこいつが本心を顔に出したような気がする。




