五十四話・だからお前は
現在。
喫茶店にて。
「……というのが、私と先輩の話です」
俺と山川と向かい合うように座っていた枕崎が、病室を強引に連れ出された所まで話をしてれた。
話し終わってみたら、悲しい話というよりはどこか吹っ切れたように清々しい笑顔を浮かべている。
ほぼ三年間だ。枕崎は孝宏を探し続けていたし、現に今日出会ったということはそれまで思いが消えることはなかったのだろう。その一途な心には、驚愕するものがある。
だから、その話を聞かされた俺達は。
「良い話だな……」
「そうですわね……」
「っておわあ! 先輩方どうしたんです!?」
大号泣して、顔を手で覆っていた。
「優作さん、ハンカチを使いなさいな」
「サンキュー」
山川から受け取ったハンカチで自分の顔を拭う。
まさかあいつの過去にこんな話があったなんて、途中から恋愛ドラマを聞いているような気分になっていた。
「あの、大丈夫ですか?」
枕崎が心配そうに見てくる。
本当に優しい奴だ。その上、はっきりとした自分の意見を持っている。
男目線からするとここまで絵に描いたような素晴らしい異性なんてそう見ることはないだろう。
「大丈夫だ……。まさか、あいつの腕が悪いのにそんな理由があったなんてな」
「孝宏さん、恥ずかしいから触れるなって言いますものね」
「やっぱり、先輩は結構な重症だったんですね……。腕の方は今どんな感じなんですか?」
不安がらせてしまったようだ。
何で孝宏にこんないい子が思いを寄せているのか意味不明だが、枕崎を安心させるためにも俺は笑顔を浮かべた。
「安心してくれ。普段の生活ではまず気付かないし、運動も出来てるよ。少し力が入りづらい程度らしい」
「そうですか……、日常生活に支障が無いのでしたらよかったです!」
笑顔が眩しい。
自分たちがいかに汚れてしまったかを痛感させられる。一切邪な感情が含まれていない、純度百パーセントの笑顔に山川ですら顔を背けていた。
「しかしこうして話を伺ってみると尚更、孝宏さんの行動は不可解ですわね」
「確かにな。枕崎を突き放した動機が分からないんだよな……。何か心当たりは」
「言わせませんわ!」
「ごふ!」
山川に平手打ちを喰らった。
「何するんだよ!?」
「まったくデリカシーのない男はこれですから。だから周りに女子が多いのに、浮いた話にならないのですわ」
偉く不満がっているが今の俺の行動のどこに問題があったんだ……。
偶にアリスや鈴音が俺に向けるものと似たような目をしていたから、心の底から呆れているというのは理解できた。
「こんな人の話は無視して結構。私たちは枕崎さんが孝宏さんと再び会話する機会を何としてでも用意いたします。それだけは絶対に守りますのでご安心ください」
「あ、その、全部話してしまった後に言うのも忍びないんですけど。私と先輩の問題なので、先輩方はやっぱり巻き込みたくないと言いますか……」
枕崎が今更になって申し訳なさそうにそう口にする。
でも、今の俺や山川にとってそれは逆効果でしかない。まるで俺たちでは孝宏を連れてこられないような、そんな諦めの気が合ったから。
確かに枕崎は今日俺たちに出会ったばかりだから、過去の話を聞く限りでは自由奔放の孝宏を制御できる人間がいなかった。
だから、いまでもあいつが自分一人で全てを抱え込んでしまうような人間だと思っているのだろう。
「ごっほん! 大丈夫だ! あいつを呼ぶのは容易いんだ、労力なんてかからないぞ」
「そ、そうなんですか?」
「ええ、それにここまで話を聞いてしまっては、枕崎さんに幸せになってもらいたいですもの! 泥船に乗った気分で任せてくださいまし!」
二人して枕崎に自信満々にそう宣言する。
「今更ですけど、この方たちにお任せして大丈夫だったのでしょうか……」
俺たちとは反比例するように、表情を曇らせていたのには気づけなかった。
それよりも孝宏をどうやって呼び出すかの方法を考えるのに思考を費やしていたからだ。どうにかして今の状況で最大限あいつが興味を引くような事態を引き起こせないものか……。
――あ、そうだ。あの手があった。
「山川」
「何ですの?」
隣に座っている山川の肩に手を置くと、首を傾げて不思議そうに見られる。
こいつが加わっていたのがまさかこんな形で役に立つなんてな。
「枕崎の幸せのために、犠牲になってくれ」
「オッケーですわ」
「軽すぎでは!?」
何故か枕崎の方が戸惑っていた。
多分言葉の意味を半分くらい最初から理解していた山川は親指を立てて同意してくれる。辿り着いた結論は同じだったというわけだ。
「犠牲って何するつもりなんですか!?」
「心配すんな、多分上手くいくから」
「不肖、山川節子! 枕崎さんのためにひと肌脱がさせてもらいますわー!」
高飛車に笑う山川。
こいつも枕崎に負けないくらい、純粋な善意に満ち溢れているのを再度認識させられる。校内でも実は結構な人気を誇っているのは、山川の根が善人なのをみんなが知っているから。普段は少し残念な奴だけど、不意に今回のように面倒見のいい一面を覗かせる。
初めて会った女子にここまで信頼を置いてしまう程の、途方もないお人好しが山川なのだ。だから、俺は最初から自分の提案が却下されるなんて微塵も考えることはなかった。




