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幸福に生きたい不幸なあなたへ  作者: 木鳥
四章・孝宏
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別視点

 七海がいなくなり、不気味な程の静寂に包まれた病室で。

 僕はベッドに座りながら前屈みになる。流石に体は限界で、骨にヒビが入っていた肋が悶絶するほどの痛みを伝えてくる。


「――っ!? はあ、はあ!」

 布団を強く握って、何とか痛みを噛み殺した。

 その時、病室のドアが開く。


「……孝宏、これでよかったのか?」


 入ってきたのは一人の医者だ。この病院の中でも結構地位の高い人。

 聴診器を首から下げて、白衣を纏った誰がどう見ても医者っぽい格好だ。この人のこんな姿を見るのは実は数年ぶりになる。


「うん、あいたた! 父さん、流石に不味かったっぽい」

「自己責任だ」

「いって!」


 足をツンツンされる。それだけでも普段は感じないような鋭い痛みが生じた。


「本来お前は面会なんてしていい状態じゃない。それなのにあの子が来たら、通してくれって言われたから私は結構無理に通したんだぞ……」

「ごめんって! 呆れながらつつかないでくれます!?」  


 本当に医者なのか疑いたくなる行動だけど、父さんは僕の反応を見て安堵したように息を吐いた。


「まったく、我が息子ながら無理をするやつだ。足なんて歩けるような状態じゃないのに、よくあそこまで見栄が晴れたな」

「うう、それはまあ、滅茶苦茶痛かったけど心配かけたくないからさ」

「好きなのか?」

「はあ!?」

「父さん、あの子は凄く良い女性だと思うぞ。付き合うのか?」


 メガネをくいっと上げて頬を赤らめている。

 我が父親ながら頭の中は女子高校生みたいな人だな……。


「言ったでしょ、通信制の学校に通うって。だから、もう会わないよ」

「……そうか」

「……」

「……えい」

「いったあ!」


 全身ボロボロの息子の体を、父さんが的確に突いてくる。

 この人に労りの気持ちはないのか!?


「すまんな、何か息子が可愛すぎて」

「え、今の照れ隠しだったんすか!?」


 不器用とかそう言うレベルじゃない気がする。


「……ったく。父さんは本当に医者なの? こんなことするなんて聞いてないよ」

「今は父親としてここにいる。お前が大怪我をして手術が終わった直後にあんな提案したからな。医者としての対応なら許可なんて出せんだろ」

「おお、かっこいい」

「まあな!」


 親しみやすい人だけど、我が父ながら相当な人格者だと思う。

 昔から人に好かれるようで交遊関係が幅広いのも頷ける。


「郷田くんも聞いてたが、お前は本当にこれでいいんだな?」


 最後に少しだけ真面目な顔で、父さんは僕を見てきた。

 浅く息を吐いて、ベッドに寝転んでからそれに答える。


「いいよ、これで。父さんも僕の体質は知ってるでしょ。あれがある限り、誰かを幸せになんて出来ないよ」


 そう言うと、父さんは気まずそうに顔を背けた。


「そうか、……ごめんな」

「父さんが謝ることじゃないよ。治す方法のわからない病気みたいなものなんだし」


 僕はそう言って目を閉じた。

 これで話を終わらせるためだ。

 父さんは、それを察したのか部屋から出ていく。


 七海には本当に悪いことをした。最悪な形で彼女の心を傷つけたかもしれない。

 凄く良いやつだと思う。気立てもよくて、物怖じしない。それに正義感も強い。そんな彼女を僕は憎からず思っているのも確かだ。


 それでも、僕はこの体質がある限り誰かに愛されるなんて出来ない。

 窓の外ではカラスが飛んでいた。

 人に愛されることを拒絶していたのに、上っ面の付き合いを望んでいたのに、いつの間にか彼女に惹かれていた僕を嘲笑うように鳴いている。

 その姿は、燃えるような夕陽に溶けて見えなくなっていった。


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