別視点
七海がいなくなり、不気味な程の静寂に包まれた病室で。
僕はベッドに座りながら前屈みになる。流石に体は限界で、骨にヒビが入っていた肋が悶絶するほどの痛みを伝えてくる。
「――っ!? はあ、はあ!」
布団を強く握って、何とか痛みを噛み殺した。
その時、病室のドアが開く。
「……孝宏、これでよかったのか?」
入ってきたのは一人の医者だ。この病院の中でも結構地位の高い人。
聴診器を首から下げて、白衣を纏った誰がどう見ても医者っぽい格好だ。この人のこんな姿を見るのは実は数年ぶりになる。
「うん、あいたた! 父さん、流石に不味かったっぽい」
「自己責任だ」
「いって!」
足をツンツンされる。それだけでも普段は感じないような鋭い痛みが生じた。
「本来お前は面会なんてしていい状態じゃない。それなのにあの子が来たら、通してくれって言われたから私は結構無理に通したんだぞ……」
「ごめんって! 呆れながらつつかないでくれます!?」
本当に医者なのか疑いたくなる行動だけど、父さんは僕の反応を見て安堵したように息を吐いた。
「まったく、我が息子ながら無理をするやつだ。足なんて歩けるような状態じゃないのに、よくあそこまで見栄が晴れたな」
「うう、それはまあ、滅茶苦茶痛かったけど心配かけたくないからさ」
「好きなのか?」
「はあ!?」
「父さん、あの子は凄く良い女性だと思うぞ。付き合うのか?」
メガネをくいっと上げて頬を赤らめている。
我が父親ながら頭の中は女子高校生みたいな人だな……。
「言ったでしょ、通信制の学校に通うって。だから、もう会わないよ」
「……そうか」
「……」
「……えい」
「いったあ!」
全身ボロボロの息子の体を、父さんが的確に突いてくる。
この人に労りの気持ちはないのか!?
「すまんな、何か息子が可愛すぎて」
「え、今の照れ隠しだったんすか!?」
不器用とかそう言うレベルじゃない気がする。
「……ったく。父さんは本当に医者なの? こんなことするなんて聞いてないよ」
「今は父親としてここにいる。お前が大怪我をして手術が終わった直後にあんな提案したからな。医者としての対応なら許可なんて出せんだろ」
「おお、かっこいい」
「まあな!」
親しみやすい人だけど、我が父ながら相当な人格者だと思う。
昔から人に好かれるようで交遊関係が幅広いのも頷ける。
「郷田くんも聞いてたが、お前は本当にこれでいいんだな?」
最後に少しだけ真面目な顔で、父さんは僕を見てきた。
浅く息を吐いて、ベッドに寝転んでからそれに答える。
「いいよ、これで。父さんも僕の体質は知ってるでしょ。あれがある限り、誰かを幸せになんて出来ないよ」
そう言うと、父さんは気まずそうに顔を背けた。
「そうか、……ごめんな」
「父さんが謝ることじゃないよ。治す方法のわからない病気みたいなものなんだし」
僕はそう言って目を閉じた。
これで話を終わらせるためだ。
父さんは、それを察したのか部屋から出ていく。
七海には本当に悪いことをした。最悪な形で彼女の心を傷つけたかもしれない。
凄く良いやつだと思う。気立てもよくて、物怖じしない。それに正義感も強い。そんな彼女を僕は憎からず思っているのも確かだ。
それでも、僕はこの体質がある限り誰かに愛されるなんて出来ない。
窓の外ではカラスが飛んでいた。
人に愛されることを拒絶していたのに、上っ面の付き合いを望んでいたのに、いつの間にか彼女に惹かれていた僕を嘲笑うように鳴いている。
その姿は、燃えるような夕陽に溶けて見えなくなっていった。




