七話・幽霊少女の願望
長い時間そうしている気がする。何も見えない暗転した世界。どういうわけか見覚えがあるその空間に懐かしさからか、哀愁を覚える。
確か、ここは……。
何かを思い出そうとした時、暗闇に誰かの声が聞こえた。
「――! 坊主! おい、大丈夫か!」
その声に反応するよう、うっすらと目を開ける。
「生きてるか! ああ、よかった……!」
口周りに濃い髭を生やした、坊主でゴリラのようなおっさんが俺を抱えていた。
「く、食うな……」
「誰が食うか!」
「が!」
ごちんと頭に拳骨を落とされる。
その痛みで俺は完全に目を開いた。視線を落とすと頭痛こそひどいものの、体には傷ひとつ無い。制服に少しだけ擦れた跡がついている程度だった。多分道路を転がったからだろう。
近くに軽トラが止まっていたので、拳骨をくらわしてきたおっさんが運転手だったというのは何となく理解できた。
「俺……。生きてるのか?」
「ばっかやろう! 俺の方が聞きたい! 急に飛び出して来やがってよお!」
鬼のような形相でおっさんから怒られる。
そりゃそうだ。俺は、この人の人生を滅茶苦茶にする可能性があることをした。
赤信号で飛び出してきた、ルール違反の歩行者によって目の前のおっさんは理不尽にも一生分の罪を背負わされるかもしれなかったんだ。
許されるはずがない。
「ほら!」
「うわっと! これは……?」
無造作に硬い紙切れのようなものを投げてくる。胸あたりに当たるが紙なので痛みもなく、落下する前にそのまま手に取った。
「俺の名刺だ! 当たりどころが悪くて明日になって何かあったじゃ困る! 絶対に明日の夜に俺に電話しろ。そうじゃなかったら何かあったと思うからな」
そう言っておっさんは頭を掻きむしりながら、自分の軽トラに乗り込む。
俺は呆然として少し黙っていたが、車のエンジン音で我に返りすぐにおっさんに疑問を投げ掛ける。
「ま、待ってくれ! 俺は轢かれなかったのか?」
完全に当たる距離だった。
多少衝撃を緩和できていたとしても、怪我の一つもないのは違和感がある。
それを知っているのは目の前のおっさんだけだ。
「知るかよ、俺だって聞きたい! 人をはねたと思ったし、そんな手応えがあったんだ。でも車には傷ひとつねえし、お前は道路脇で気を失ってるしで訳わかんねえんだよ!」
おっさんは嘘はついていないだろう。
頭を掻きむしりながら本気で混乱している顔をしていた。
「とにかく! また明日連絡しろよ! 俺のせいでお前さんが怪我してたらそれなりの対処があるからよ」
「いや、今回のは全て俺が悪い。だからあんたに何かして貰う必要はない」
「ガキが生意気言うな! お前は知らないかもだがな、それが責任ってやつだ! 絶対に電話しろ!」
そう言って、終始怒りを露にしながら、おっさんはトラックで走り出した。
俺はぽつんと道路に立つ。
何であの距離で車をよけれたんだ……。
謎が深まるばかりで頭をひねるが、考えても答えは出そうになかった。今度、友華にでも相談してみようかな。あいつなら何か説明つけてくれそうだし。
「って! んなことより!」
後ろを振り返ると目的地はそこに建っていた。
「アリス、ここにいろよ!」
俺はとりあえず今の出来事を考えるのは後回しにして、その場所に侵入するべくもう一度足を動かした。
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しんと静まり返った建物の中。
足音を殺して歩いても少しの音が壁に反響する。妙に寒気を感じてしまい、外との気温差で少し肌寒いほどだった。場所の雰囲気も関係してるのかもしれない。
どこの町にもありながら夜になると非常灯の怪しい光と、立ち止まっていたら飲み込まれてしまいそうな暗闇が互いを引き立て外から見ても気味の悪い印象を受ける場所。
ここまでは来た。あとは手探りで探すしかないな。
一階、二階、三階を捜索したが見つからない。
そして四階の階段を上ったところで、一つの部屋から明かりが漏れているのを見つける。
俺はその部屋に近づき中を覗き見てから、声を出す。
「やっぱり、病院にいたんだな。アリス」
病院本棟の横に隣接している入院棟。そこの一部屋にアリスはいた。
窓の近くに立ち、月明かりで顔が照らされる位置。その前には一つの白いベッドが置かれていて何かが横たわっている。
「……よく、わかったね」