少し不思議な思い出話⑧
「はあ、何で僕はあんなことを……」
放課後。部活動生は下校した時間。
私は孝宏先輩と一緒に武道館で居残りしていた。
つい先ほどまで二人で黙々と練習に励んでいたが、孝宏先輩の方から話しかけてきて雑談タイムになった。
今日の部活でまたもや空手部員のヘイトを買ったのを絶賛後悔中である。
「はあ、嫌ならあんなことやめればいいじゃないですか」
「だって、それしたら折角見に来てくれてる皆に悪くない?」
「悪くないです。むしろ気もない女の子にナルシストムーブかます方が酷いですよ」
「うぐ! 何か言い方厳しい……」
孝宏先輩ともかなり話すようになり、最近では学校内でも挨拶くらいはするようになった。でも如何せんこの人は妙に女子から人気なので、あまり関わりすぎるとすぐに変な噂が立つから距離感が難しい。
「もうすぐ大会だけど、剣道部って出れるの?」
「はい。個人戦なら出れるようなので、そこで勝とうと思ってます」
「そういや七海って結構強い方なの? 一人で剣道部入ったり、ずっと練習してるけど」
「まあ、小学校最後の大会では全国大会までいきましたよ。……二回戦で負けましたけど」
「すごいじゃん!? え、そんなに強かったの!?」
先輩が驚いていたけれど、この人に限ってはそれを言われたくない。
「全国一位の空手家が何を言ってるんですか……、女子剣道と男子空手じゃ競技人口も違いますし」
「いやいや、すごいもんは凄いよ。そっかー、じゃあ今回の大会は結構大事だね」
「はい! 一人でもやれるということを、見せつけられたらかっこいいじゃないですか!」
自分の意気込みが強いので少し勢い強めに言ってしまう。
先輩が純粋に私を誉めてくれていたのが嬉しかったとかそういう訳じゃない。
何故か先輩は細目で私を見ていた。初めて見る、こちらを観察するような視線。
「……何ですか? 変態ですか?」
「違うよ。七海は凄いやつだなって思って」
「ま、まあ。あまり他言しないで下さいね」
「剣道もだけど、僕が言ってるのは性格の方。多分七海は成功する人間だと思うよ、真っ直ぐで努力家だから」
先輩の言葉には違和感しかなかった。
何でこの人は、突然達観したような視点から話し始めたのだろうか。言われるこっちは恥ずかしすぎるから、勘弁してほしい。
「やめてくださいよ突然。何か、うーん!」
上手く表せない気持ちが溢れてきて、取り敢えず否定のために足をバタつかせた。
「まさか私を篭絡しようと!?」
「違うわ! 普通に誉めただけだわ!」
まったく、と孝宏先輩が疲れたように息を吐いた。
「そうか……。やっぱり、そうだよね……うん」
そして独り言のように呟く。
何を決意したのかわからないが、力強く頷いたのが印象的だった。
「僕は最悪な人間だな……」
「はい?」
気づけば口を出ていたのか、私が反応したことで口元を隠した。
「や、何でもない」
「むう。何か嫌な反応ですね……。先輩って一人で抱え込むタイプなので、悩みがあったら相談してくださいよ?」
「は、はは。そこまで性格がわかられているのも辛いなあ」
バツの悪そうに頬をかいていた。
孝宏先輩はどこか嬉しそうな、それでいて悲しそうなそんな複雑な笑顔を浮かべていた気がした。
でもいまの私には、その笑顔の裏に隠された真意に気づく余地もなく。
流れる日々を当たり前だと錯覚しながら、長い後悔を抱えることになる最悪の帰路につくことになるのだつた。
――――――――――――――
すっかり暗くなった夜道を歩く。
時刻は午後八時。
都会にある中学なら周囲の明るさで気にならないだろうけれど、周りには民間が数件ある程度でほとんどが畑になっている私の家の近くはこの時間帯は目が慣れないと何も見えない。
「いやー、まさか新月と重なるなんて。真っ暗だ……」
孝宏先輩の家は学校の近くにあるので、いつも直ぐに別れる。
この時間帯に一人は心配だと言ってたけど、変に気を遣われるのも嫌だったので断っておいた。
「練習に気合い入れすぎちゃったな。ここまで遅くなるのは流石にもうやめとこう」
苦笑いを浮かべる。
いつもは7時過ぎには終わるのだけど、今日は大会前ということもあり先輩が終わろうとしてもあと少しといって時間を延ばしてしまった。
鍵を持っているのが先輩だから、付き合わせたのは悪かったな。
一時間違うだけで、別な世界のように感じる不思議な感覚を味わいながら暗い夜道で少しの物音にも聞き耳を立てる。
野鳥の鳴き声。
遠くでは牛の声も。
車通りなんてほとんどない場所なので、野生動物もたまに出る。
都会で猿が出てニュースになるのをいつも首をかしげて見るくらいには、私の住んでる地域は田舎だ。
二十分ほど車を走らせれば、大きなスーパーにつくので物で困るような程ではないけど。
そんな、平和な田舎道。
辺り一面の畑を見渡せる土地の高い道路を歩いているときに、それは起きた。
「や、やめてください!」
突然聞こえてきたのは、女性の叫び声。声色からして、何かただならぬ事態というのは伝わってきた。
当然、そんな声を放っておける筈もなく。
「な、何の声!? こっちからだよね……」
私は近くにあった藪の細い道を通って、声が聞こえた森の中に入った。
入って直ぐに暗闇の中でぼんやり明かりが浮かんでいるのに気づけたので、足元に気を付けながら明かりに近づいた。
「……あれは」
そこにあったのは小さな小屋。いや倉庫かもしれない。
私が見たのはそこの明かりだったのだ。
「っ!?」
そして、その辺り一面にもスマホのライトが三つあったので視線を送ると四人の柄の悪そうな男たちが一人のスーツを着たOLっぽい女の人を見ていた。
三人は倉庫の外にあるボロボロの椅子に座り、木製の机に肘をついたりしてライトで女性を照らし、一人は女性を地面に倒して股がるように押さえている。
「やめて! やめてください!」
「ここまで着いてきてそれはねえだろ? ほら、痛くしねえから」
「離して!」
「はは! 大ちゃん嫌がられてやんの!」
「だっせー!」
「うっせえな! お前らには貸さねえぞ!?」
「悪かったって! へへ」
うわ……。
流石の私でもわかる。目の前の光景は、この世の醜悪を固めたようなものだった。
見ているだけで、胸がムカムカして吐き気が込み上げてくる。
林の中に身を潜めて見ていたけど、自分の怒りが頂点に達しているのを実感できた。
その後の行動は、もう決まっていた。




