少し不思議な思い出話⑦
今日も今日とて部活に精を出す。
一年生の最初の大会まで残り一週間。
私は部員が一人の剣道部だから個人戦にしか出られないけど、だからこそそこで成績を残しておきたいという野心に燃えている。
部員が少ないという逆境を乗り越えてあわよくば全国出場なんて……。ふふ、何だか主人公みたいで憧れてしまう。日々の部活にも気合が入るというものだ。
それは私だけではなく、同じ武道館で練習している空手部も同様だ。
うちの空手部は部活としての実績も十分強豪校に入るレベルの物なので、特にこのような大きな大会を控えていると必死になるのだろう。練習に取り組む顔からして違ってきていた。
「きゃー、せんぱーい!」
「今日もお疲れ様ですー!」
まあ、相変わらず孝宏先輩目当ての生徒は来ているけれど。
それでも武道館に鍵をかけて部員が来たら開けるようにして、練習に集中できるように得するなど空手部も工夫をしていた。部員が来たら中の人が鍵を開けて入れるようにするといった徹底ぶりだ。
「ああ、俺もあんなにモテてえなあ」
「あそこまではいいだろ」
「あれは流石にムカつくぞ」
「孝宏先輩はよくあの連中にいつも付き合えるな……」
一年生の空手部は最初の頃は孝宏先輩を羨ましがっていたけれど、もう純粋に尊敬しているのはごくわずか。鬱陶しさの方が勝り始めていた。
「ふう。少し休憩!」
練習が一段落したので、水分補給しながら汗を拭く。
一人の練習だと集中していたら時間を忘れてしまい、オーバーワークになりがちなのが悩みどころだ。
剣道部の顧問の池田先生は忙しいらしく、部活に顔を出すのは一月で四回くらいだ。大変ななか顧問で居続けてくれることには感謝してもしきれない。
この話をみっちゃんにしたら白い目で見られたけど、理由は不明のままだ。
「お、剣道部も休憩か」
空手部も休憩らしく、郷田先輩が話しかけてきた。
「少しだけですけど。そっちは大変そうですね、空手部って期待されてるぶんプレッシャーがすごいんじゃないですか?」
「まあ、それはあるけど気になる程じゃない。人数が多いから、数打ちゃ当たるで一人くらい好成績納めるだろ」
「うわー、嫌みですか?」
やけに人数が多いという部分を強調した言い方をしていた。一年生一人しかない剣道部への当て付けにしか聞こえない。
「あ、違うそういうつもりではない」
「わかってますよ。冗談です」
先輩が思ったよりも動揺したのでからかうのも程々にしておく。
冗談だとわかって安心したのか先輩はほっと胸を撫でおろして、道着の胸元を整えていた。
「そういえば枕崎。お前最近孝宏と仲が良いんだってな」
また、その話か。みっちゃんにも同じことを聞かれたし、もしかして想像以上に広まっているのかも。
「違いますよ。必要最低限です」
「誤魔化さないでいい。俺はあいつが放課後に残って練習しているのを知ってるからな。大方、それで一緒になるんだろ?」
「あ、知ってたんですか? それならそうと言ってください」
冷静に考えたらこの人は空手部の部長なのだ。孝宏先輩が居残りでここを使っているのを知っていて当然だった。
「そう不貞腐れるな。俺は他言しないぞ。それにあいつの練習に付き合ってくれてるのなら感謝しかない」
「先輩は一緒にしないんですか?」
当然の疑問を口にする。
「以前まで付き合っていたが、俺ではあいつの足手まといにしかならなくてな。変に気を遣っていたから、適当なこと言って抜け出したよ。あいつは個人練習の方が集中してキレもいいし」
「はあ、郷田先輩って妙に孝宏先輩のこと評価してますよね」
「当然だ。これが友達贔屓なんて思ってもいない。あいつはそのくらい凄い奴だからな」
鼻を擦って照れ臭そうに話す。
何で照れたのだろう。今話題のボーイズラブ的な何かだろうか。
郷田先輩と孝宏先輩。ごうたか。
うん、意外と、いいかも……。
「何か良からぬことを考えてるだろ」
「いえいえ何も!」
強めに手を振って否定する。
危ない。私もそっちの世界の扉を開いてしまうところだった。
「同じ土俵の人間だと干渉しにくいこともあるんだ。お前なら部活が違うから孝宏が妙な気遣いをしないでいいし、女子だけど変に話しやすいからな」
「変に、は余計ですけどね!」
何故わざわざそんな言葉を付け足したのか……。素直に褒めてくれてもいいのに。
「いやー、モテモテで辛いねえ! 普通にしてるだけなのになあ!」
話題の孝宏先輩は現在わざとらしくそんな事を言っていた。空手部の他の部員から殺意を込めた視線を向けられているが、気にした素振りもなかった。
「ま、あいつのことこれからもよろしく頼むな」
「はあ。まあ、部活同程度の関係ですけど。その間は」
「おう! 頼んだぞ」
ニコニコしながら郷田先輩は、空手部で今にも他の部員からリンチにあいそうになっていた孝宏先輩のところに駆け出して行った。