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幸福に生きたい不幸なあなたへ  作者: 木鳥
四章・孝宏
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   少し不思議な思い出話⑥


「おはよう、みっちゃん」

「おはよう七っち!」


 六月初頭。

 そろそろ暑さもピークを迎え始めて夏服の半そででも汗ばむような時期。

 女子としては、制服が透けて薄っすらと下着が見えてしまうため男子からの視線が気になる。よく少年漫画であるシーンだけど現実でも偶に起こるから油断できない。


 視線を向けられてしまうと意外と向けられた側は気付いてしまうのに、男子はそんなことも分からずにちらちら見て来るから厄介だ。


「みっちゃん、テニス部はどんな感じ?」

「うーん。普通に楽しいんだけど、顧問の先生が厳しいから土日の練習は嫌だなー。一年生は球拾いもしないとだから余計に体力使うし」


 みっちゃんはテニス部に入ったようだけど早くも嫌々気に突入していた。まあ、一年生の頃が一番部活は大変だというのはよく聞くし、ここを耐えればその後も大丈夫だと思うので見守っておこう。


「そういえば七っち」


 みっちゃんが改まったように視線を揃えて話しかけてくる。


「どうしたの? 宿題は自分でやってよ?」

「あ、や、それはまあ要相談で。最近孝宏先輩と仲が良いの?」

「ぶっ!」


 思いもよらぬ疑問を投げかけられてしまい、喉の奥から変な声が出た。

 一体何を言い始めたんだ……。


「な、何で? 私学校とかでも話したことないよ」

「あ、いや、噂なんだけど。何か孝宏先輩が教室で剣道部の話をよくするらしくて。それで七っちしか部員いないから仲良いのかなって」

「あの先輩は……。そんな訳ないでしょ。どちらかというと私はあの人は苦手」


 これは紛れもない事実。

 いくら女性に慣れていないとはいえナルシストのような行動をする人だ。どう接すればいいのか悩むときもある。


「ああ、確かにそれはちょっとわかるかも。七っち、先輩苦手そうだよね」

「わかるの?」

「うん。何か似てるところあるから、ちょっとのことで喧嘩しそう」

「何でそうなるの……」


 私と先輩が似ている?


 流石にそれは無い。みっちゃんの思い違いだろう。

 第一昨日も最近のニュースの話題で喧嘩したばかりだ。理由はもはや思い出せないけど、そこまで意見が食い違うのなら似ている部分なんてないに決まっている。


「そんなことよりも、みっちゃんは今日の宿題を何とかしないといけないんじゃない?」

「あ! そうだった! お願いします、見せてください!」


 でも。

 どうしてだろう。

 私はそれ以上その話を続けるのが恥ずかしくて、咄嗟に話題を逸らしてしまう。

 理由は、よくわからなかった。



――――――――――――――



「せ、ん、ぱ、い!」

「なんだよ七海。ハムスターみたいな顔しちゃって」


 部活動生の下校時間からニ十分ほど経った時間。

 私は居残り練習も一段落終えて、孝宏先輩と休憩が被ったので今朝の不満を露にすることにした。


「どうしたもこうしたも、先輩がクラスで剣道部の話ばっかりしているって噂になっているそうですよ!」

「ええ!? 男の友達に話してるくらいなのに!?」

「学校なんて壁に耳あり障子に目ありです! どこで聞き耳たてられているかわからないのに、変に話をしないでくださいよ……。この居残り練習がバレてしまうかもなんですよ」

「とほほ……。気を付けまーす」


 先輩とも毎日のように居残りで練習をしているので、それなりに隙間時間に会話することも多くなってきた。

 最近になってわかったのだけど、この先輩。女性恐怖症というわけではなくどちらかというと人見知りに近い。

 私ともある程度顔を知った仲になったら普通に先輩から話しかけてくれるようになったし。


 別に人見知りくらい誰でもしそうなものだけど、先輩はそれが恥ずかしいらしく他人の前では恋愛漫画の男キャラのようなキザったらしいセリフを吐いてしまうのだという。本当に不器用な人だ。


「未だに他の女子生徒とは話せないんですか?」

「まあね。七海くらい砕けた感じで話せる子が初めてだから、他の人と話すとつい演じちゃうんだよ」

「はあ、先が長そうな話ですね……」


 孝宏先輩がヘタレなのはよくわかった。


「そうだね。七海とはあと少しの付き合いだし、この先が思いやられるよ」

「……え?」

「いやだって、僕がもうすぐ引退試合だから。どんだけ長引いても一学期にはいなくなるじゃん」

「ああ、そういう。確かにそうですね」


 今一瞬よぎった不安は何だったのだろう。

 先輩は三年、私は一年。部活も違うのだから先輩が武道館に来なくなれば接点もなくなる。

 そんなの当たり前の事じゃないか。


「先輩って将来は何を目指しているんですか?」


 卒業後の事を考えてしまい、進路を聞いてみた。

 三年生の一学期なら志望校が漠然と浮かび始めている時期じゃないだろうか。


「僕の目標かあ……」


 しばらく考えた後に、先輩は口を開いた。

 悩んでいたというよりは、言うのを躊躇っていたという感じで。


「僕は、空手を続けたいかな。子供の頃からずっと続けてて思い入れも強いし」

「選手としてってことですか?」

「ううん。将来的には指導者になって、色んな人に空手を教えたいな。僕は子供の頃、弱くて虐められてたけど空手のおかげでそれを克服できたから。その恩返しって訳じゃないけど、人のために武道を広めたいんだよ」


 どこか遠くを見つめながら、まるで硬く決心していることのようにそう語った。

 その先輩の顔はどこか普段と違って。


 私は、かっこいいと思ってしまったのだった。



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