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幸福に生きたい不幸なあなたへ  作者: 木鳥
四章・孝宏
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   少し不思議な思い出話⑤


「な、何ではこっちの台詞ですよ! 先輩こそ遅くまで何しているんですか!?」


 誰もいない筈の武道館で、何でこの人は一人で練習をしているんだろう。

 そもそも、私用で使っていい場所でもないはずだ。


「あちゃー、その反応はもう完全に見られたってことか……」

「はい。ばっちりと」


 頭を抱えてバツの悪そうな顔を浮かべられる。


「練習をしていた……っていうのはわかるんですけど。わざわざこんな時間に一人でやってるんですか?」

「ええっと、それは」


 いつものように会話にキレがない。

 普段の先輩なら適当な事を言って誤魔化しそうだけど……。つまりこれは、そこに気づけないくらい先輩が焦っているということだ。


「お、教えないと駄目?」

「教えてないと、このことを学校中に広めます」


 先輩は少なからず後ろめたいと思っているはず。なのでそこを突いて脅しをかけた。

 すると、先輩は呆れたようにため息を吐く。


「はあ……。こりゃ、とんでもないのに見つかったもんだよ」


 そう言って頭をかきむしる。


「僕がこんなことをしてるのは、その、普通に練習時間が欲しいからだよ」

「それなら、部活の時間があるじゃないですか?」

「いやあ、それが。あの時間は他の人も多いし、みんなの見てる前だと集中できなくて。自分のペースの練習が出来ないから……」


 最後の方で口ごもっていった。

 わかりやすく嘘をついている。


「それ、私でも嘘ってわかりますよ。本当のところは?」

「うう、実は僕、女の子が苦手で……。知らない人の前だと緊張しちゃうんだ」


 先輩は何故か申し訳なさそうにそう言った。

 女の子の前で緊張?

 普段のこの人の行動からだと考えられないような話だ。きっとこれも嘘に違いない。


「放課後は普通に接してたじゃないですか。どちらかというと、ややナルシスト気味でしたが」

「あれは緊張してそうなっちゃうんだよお……。彼女がいたこともないし、女の子に見られたら変に意識しちゃって、普通の練習時間にはあんまり身が入ってないんす」


 あれ? 先輩が本当に落ち込んでいる。

 もしかして女性が苦手って話は嘘じゃないの? 


 いや、考えるよりも行動した方が速いか。確かめる方法はあるのだし。


「先輩」

「な、なんだよ……。言っとくけど金は払えないからな!」

「私を何だと思ってるんですか、えい」


 近づいて流れるような動作で先輩の腕を掴んだ。

 やはり見た目以上に筋肉があり、ごつごつしていた。

 でも今はそれを確認したいんじゃない。体に触れたまま先輩に視線を送ってみる。


「おま、な、何して! やめろお!」

「うわ、本当に女の子に慣れてないんですね。顔真っ赤ですよ」

「うっさいやい!」


 怒って手を振り解かれる。

 それにしてもあの孝宏先輩が実は女の子が苦手だったなんて。

 それに、昼はあんなだけどさっきの練習ぶりを見ていたら部活に対してどれだけ真意に取り組んでいるのかが分かる。


 全国優勝。

 そのレベルに達した人が、生半可な気持ちで競技をしているわけがないなんて当たり前の事なのに。

 私は多分、勝手にこの人に苦手意識を持ってしまって見ようとしていなかったんだ。

 今更になって自分がどれだけ幼稚な事をしていたのか理解し、恥ずかしくなる。


「うう……、私は今までなんて勘違いを。恥ずかしい」

「どったの急に? 勘違い?」

「決めました!」

「おわあ! 何だよ!?」


 がばっと顔をあげて大きな声を出す私に先輩が驚く。

 私は正直今でもこの人が苦手だ。でも。だからこそ、部活に対する取り組みでこの人に負けるなんて嫌だ。


 だから。


「私も居残り練習に付き合いますよ! 先輩が残っていいなら、私も付き添いという形で!」

「どえええ!? いや、その、僕は一人でいる方が集中できるというか……」

「でも、女子に慣れるためにもいい提案だと思いますよ。私がいる状態でも集中を続けられたらそれは弱点を克服したということなので!」


 きっと先輩は断らない。そんな確信があった。

 誰よりも根は真面目で周りを気にしている。けれど他人を失望させないように気丈に振舞おうとする不器用な性格の孝宏先輩は、自分の弱さを克服するためなら賛成してくれるはずだ。


「……うう、わ、わかったよ」

「やった!」

「ただし、僕がいる間だけだ! それ以降は夜も遅くて危ないから一人で残るなんて真似はするなよ!」

「はい! もちろんです!」


 こうして私は、自分の宿敵とまで思っていた先輩の意外な一面を知ることになる。

 この奇妙な関係がいつまで続くのか。


 そんなことを考える暇もなく、私は孝宏先輩との放課後居残り練習の日々を始めるのだった。


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