少し不思議な思い出話③
「おはようみっちゃん」
「おはよう、七っち……」
中学生活が本格スタートする今日この頃。
朝から通学路で見かけみっちゃんに話しかけると、寝ぼけ眼で対応された。目の下にも隈が出来ているような……。
昨日は特に宿題もなかったし、寝不足になる理由はなかった筈だけど。
「ど、どうしたのみっちゃん。調子悪そうだよ……」
「あうう、昨日帰るの遅くなっちゃって。そしたら途中で柄の悪い人に絡まれて家に帰っても上手く寝つけなかったの……」
「ええ!? 大丈夫だった!?」
冗談で言ってるようでは無さそうなので普通に大事だ!
入学初日から絡まれるなんて、それは怖かっただろう。目の前のみっちゃんからは目立った外傷はないようだけど……。何か変なことをされていないか気がかりで仕方ない。
「あ、ううん。通りがかった男の人に助けて貰ったから大丈夫だった」
「通りがかりにって……。少女漫画みたいだね」
その瞬間、みっちゃんが目を輝かせる。
あ、何かスイッチを踏んじゃったな。長年の付き合いから察知できたけど、そう思ったときにはもう遅かった。
「そうなの! あれは多分王子さまだと思う!」
「お、王子様?」
「うん! 颯爽と現れて三人組の悪い人たちをやっつけてくれたんだよ! うわあ、名前聞いとけばよかったな……」
「あ、ええ……? もしかして眠れなかったのって、絡まれたのがトラウマになったとかじゃないの?」
「違うよ、その人の事が気になって寝れなかったの!」
どうやら私の親友は随分とたくましいようだ。
恋は盲目というけれど、まさか絡まれた恐怖に勝つなんて……。
「よ、よかったね。好きな人出来て」
「うん! でももう一回会えるかな? ヒントはこれくらいだし」
みっちゃんはそう言ってポケットから黒いハンカチを取り出す。
「それは、その人から貰ったの?」
「いやその場に落としていったのを拾った」
「みっちゃん……」
「そんな目で見ないでよ! いつか会って返すんだから! 名字はわかってるし!」
「あ、そうなの? それなら特定できそうだね」
「うん! 山元さんだって!」
「無理だね、諦めよう」
「何で!?」
みっちゃんは日本に何人の山元さんがいるのか知っているのかな。
珍しい名字だったからここまで意気込んでるのかと思ったけど、そのくらいのヒントならあってもなくても変わらないんじゃないだろうか。
まったく、ここまで単純だとそのうち詐欺にでもあいそうで心配になる。
「そういえば七っちは、昨日部活動だったの?」
「部員は私以外いなかったけど、顧問の先生がいい人で他の部活進めてくれたんだ。でも断って残ることにしたの。そしたら、顧問は続けてくれるっぽくて昨日は部活はせずに自主トレってなった。今日から本格的に練習だから楽しみなんだ」
これからの部活に希望を膨らませながら話す。
ふふ、みっちゃんも私の充実具合が羨ましくて口を開けたままだ。やっぱり青春は恋よりも部活に燃えなきゃね。
「七っちってそのうち詐欺に騙されそうだね」
「何で!?」
朝からみっちゃんに妙になま暖かい視線を向けられてしまった。
――――――――――――――――――――
放課後になってはやる気持ちを抑えながら武道館に向かう。
右手には池田先生から貰ったメモが。中には今日の練習メニューが書かれている。
「え、うわ、何あれ?」
スキップでもしそうな勢いで動いていたが、武道館に近づきその光景を見た時ピタリと足を止めた。
「昨日と同じ場所だよね……」
信じられなくて自分の目を擦る。
うん。おかしいのは私じゃない。
武道館の入り口は何故か女子の囲いが出来ていた。数にして二十人近くいそうだ。
「あ、あのー! 通してください、わあ! と、通して!」
文字通り人の群れをかき分けながら武道館に入る。
すると。
「おい! 誰だお前! 邪魔だから入るなと何度も言ってるだろ!」
空手の道着を着た先輩らしき人に肩を掴まれた。
「いたた! 何で肩掴むんですか!」
「部外者は立ち入り禁止に決まってるだろ!」
「ち、が、い、ま、す! 私は関係者です! ほら!」
話が通じそうになかったので背負っていた竹刀を見せる。
武道館で竹刀とくれば頭に血が上っていても分かるようで、申し訳なさそうに私の体から手を放す。
「あ、すまん……。剣道部だったか……」
「むう、すまんじゃなくて何でこんなことしたんですか?」
男の人は頭をかきながら本当に参った顔をしていた。
「実はうちの三年見たさに最近部外の連中が来てるんだよ。練習に支障が出るレベルだから、こっちも追い出すのに気が立っててな……。本当に悪かった」
「あ、いえいえ。そういう理由があるなら仕方ないですよ」
先輩があまりにも申し訳なさそうにするので、私の方が悪い気がした。
というか、もしかしなくてもその注目の三年とやらは私の予想通りの人じゃないだろうか。みっちゃんが昨日言ってた空手部の三年で文武両道の天才。
「あれ? 何してるのそんなところで?」
「な、馬鹿! お前は入り口に来るなって言っただろうが!」
私の前にもう一人、おそらく三年だと思われる先輩が現れた。
そして今の話の流れと、その人の顔を見て何となく察した。
雑誌のモデルのような整った顔。身長は170センチくらいで、汗ばんだ道着を着ている姿すらむさ苦しさがなく色っぽさすら感じた。そのスタイルと鎖骨から覗く程よく膨らんだ胸筋が全身の筋肉バランスのよさを物語っていた。
おそらくこの人が。
「酷いなあ、トイレは入り口側にしかないのに」
「はあ……。わかったから、終わったらさっさと向こうにいけ。ガヤがうるさいだろうが……」
沸き上がる女子たちの悲鳴にも似た声。それは歓喜のものだった。
「悪いな一年。こいつは孝宏。外の奴らの目当てだ」
「あ、この子が一人だけ入った剣道部? 女の子だったんだ!?」
へらへらしながらフレンドリーに近づいてきた。
「は、はい。というか剣道部の事知ってたんですね」
「もちろん。練習場所一緒なんだし。それに、女の子一人の運動部って珍しいじゃん。どんな怪物みたいな女子が来るのかと思ってたけど、可愛くてビックリしてるよ」
……何というか聞いてた話だと完璧なイケメンだと思っていたのに。早くも私のなかでは苦手なタイプの人だとわかった。
「枕崎七海です。私は真面目に部活をしたいので、練習の邪魔はしないでいただけると助かります」
少し皮肉混じりにそう告げた。
孝宏先輩は鳩が豆鉄砲を食ったような顔になる。
「え、ああ、それはもちろん。と、とにかく同じ武道館での練習なんだし仲良くしようよ」
「部活は違いますよ。言っときますけど私はそこまで軽い身じゃないので」
何というか、この人が運動も勉強も出来るなんて考えると無性にイライラする。
こんな、軽薄そうな人がそんなに優秀なら真面目に取り組んでいる人が馬鹿じゃないか。
「それでは、私は練習にいきますので」
「う、うん。頑張ってね……」
そそくさとその場から立ち去る。
もちろん孝宏先輩の言葉は無視した。
「くっ、は、はは! お前、珍しくフラれたな!」
「う、うっさいわ! 別に口説いてないだろ!?」
背後からは先輩方の笑い声が聞こえてきた。
多分私はあの孝宏先輩が生理的に嫌いだ。元より軽薄な男の人は苦手だし。
出切れば金輪際関わりを持ちたくないものだ。
そんなことを考えながら、私は初日の練習に打ち込んだ。一人とはいえ、練習できる場所が整っているのはありがたく、かなり充実していたと思う。