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幸福に生きたい不幸なあなたへ  作者: 木鳥
四章・孝宏
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   少し不思議な思い出話②


 午前中にオリエンテーションや、係決めなどが終わり初日は午後からフリーになる。

 とはいっても、ほとんどの新入生はここからが本番だ。


 午後から始まるのは仮入部。中学になりこれまでしていた習い事を続ける人や、新しいことに挑戦する人、様々いるだろうけれど一貫して多くの学生が何かしらの部活に入る。


 これは学校ごとに差があると思うけど、この学校では帰宅部は全体の数パーセントとかなり少ないらしい。


 私は一度校舎を出て離れた場所にある武道館に向かう。

 市営の体育館の真横にある武道館が練習場所なのだ。体育の授業でも柔道などで使われるらしいけれど、殆どは部活専用の場所っぽくなっているそう。


「お、おじゃましまーす」


 私が一番乗りのようなので、控えめに声を出して入る。

 中に入ると結構立派で半分は剣道のスペース、もう半分は空手部のスペースと区切られていた。それがわかったのは床にテープで仕切りがあったからだ。


 流れにしたがって剣道部の方に行くと、端には防具や竹刀などの一連の道具が置かれていた。丁寧に手入れされていて、面をなぞるとうっとりしてしまう。


「は! 駄目だ、みっちゃんに気持ち悪いって指摘されてたんだった……」


 これ程美しいものもないと思うけど、どうやら私には剣道になると我を忘れる節があるらしい。自覚はない。


「先輩はまだ来ないのかな? とりあえず着替えだけでもしとこう」


 奥の方に女子更衣室があったので、そこで体操服に着替える。初日で練習の服装がわからないので、取り敢えず安全策として体操服だ。


 あとは先輩を待って、挨拶するだけだ。こう気合いをいれてズシン、と。


「おー、やっぱりいたの」


 手持ち無沙汰だったので置かれていた防具を見て、美しい光沢によだれを垂らしそうな顔をしていたら館内に声が響いた。


「あ! こんにちわ!」


 先輩が来たのかと思ったけれど、声からしてもっと年配の人だった。視界に入れるとそれが白髪で腰が曲がったおじいちゃんだったとわかる。


「はっは。元気な新入生だ。竹刀を持って登校した生徒がいたと聞いたからもしやと思ったよ」

「あ、ええと、失礼ですがあなたは?」 

「私は剣道部の顧問の池田じゃ、社会の教師もしとる」

「顧問の先生でしたか! 私は一年の枕崎七海です。よろしくお願いします!」


 物腰柔らかい風格に、先生は怖い人ではなさそうだと思った。

 それにしても先輩より先に顧問が来るなんて。部活に熱心な先生なのかも。


「う、うむ……。ちなみにじゃが、枕崎は入部するつもりなのかの?」

「もちろんですよ、えーっと……。これ! 入部届けです!」


 既に記入済みの入部届けを池田先生に渡す。

 仮入部期間だけど入部したら駄目なわけでもないし、入らないという選択肢はないから即刻記入していたのだ。

 しかし、それを見て池田先生は困ったような顔をする。


「ううむ、ここまで熱意があるか……」

「何か不備がありましたか?」

「あ、いや、不備があるのはわしらの方というか……。正直に言おう。今の剣道部には部員がいないんじゃ、去年の三年が抜けて事実上の休部状態なんじゃよ」


 それは、あまりにも予想外で。

 というか本当に一瞬たりとも考えていなかったことで。


「な、なんですとー!?」


 気づけば武道館中に響き渡る声で絶句してしまった。


「う、嘘ですよね!? 剣道部がないんですか!?」

「ない、という訳じゃないが、部員はいなくての。お前さんが入らなければ廃部じゃな」

「そ、そんな……。私一人だけが部員なんて」


 床に四つん這いになってプルプル震える。

 薔薇色の中学生活が……。


「まあ、あれじゃ。一人で部活をするよりは、この期に新しい事に挑戦しても良いと思う。まだまだ色んな可能性がある時期じゃし……」

「わ、わかりました……。それなら」


 正直ショックだ。

 まさか憧れの剣道部が、なくなりかけていたなんて。同じ学校に剣道仲間がたくさん出きると想像していたのに、とてつもなく残念。

 でも。


「おお、わかってくれたか」

「はい! 私一人で剣道部を続けますよ! よろしくお願いします、池田先生!」

「ええ、何か思ってたんと違う……」

「何か言いました?」

「ごっほん! 何でもないわ、その意気やよし。お主にわしの持つ全ての技を授けよう」

「おお! 何か燃えてきましたよ! お願いします、先生!」

「取り敢えず今日は休みじゃ。わしは用事があるからの」

「休み……。なるほど自主トレで練習に耐える体を作るんですね! わかりました、任せてください!」


 私は荷物をまとめて武道館から飛び出した。

 取り敢えず町内を二週くらい走ろう。そのくらいきつい特訓が待っているんだろう。


「やっばいの。ガチな生徒入ってきちゃった……」


 池田先生の言葉は興奮気味の私には聞こえることはなかった。

 明日から私の中学生活が本格スタートするのだ。


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