五十三話・少し不思議な思い出話
だけど、その質問は意味がないものだ。確認を取る必要性がないんだから。
「まあ、あいつとはそこまで仲良くないから大丈夫だ。好き嫌い以前の話だし」
「むう、まああなた方は友人というよりは悪友という言葉がお似合いですものね」
山川も同意してくれる。何となくでいいけど、これで普段の俺たちの関係が伝われば良いと思う。
互いにそこまで気を遣わないでいい、そんな関係なんだ。
そんな俺を見て、枕崎は初めて純粋な笑みを浮かべてくれた。
「ふ、ふふ、そうなんですね。わかりました」
しかしそれは一瞬で直ぐに真面目なキリッとした顔になる。
「それでは、今から話しますね。もちろん全てを知っている訳じゃないので憶測もありますが、なるべく正確に伝えます。先輩が、何で今の先輩になったのか。どうして、空手を辞めたのかを」
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私、枕崎七海は今年で中学一年生になりました。
小学校の近くの中学に通うので友達も殆ど一緒。むしろ他の小学校にいた人が増えるので、別れもなしに新しい出会いが体験できる機会に純粋にワクワクしていました。
新品で肩も崩れていない制服に身を包み、去年一日体験で来た以来の中学の校門を通る。地味なデザインの制服とか言ってる人もいたけれど、私にとっては小学校と比べて遥かに可愛い制服です。つまり、大満足だ。
そんなことを思いながら中学鞄と長い棒状の布を背負って歩いていると、それが目印になったのか背後からポンポンと肩を叩かれた。
「おっはよう七っち!」
その声は聞き慣れた友人のものだったので、誰かは直ぐにわかる。
振り返ると予想通り黒髪ショートボブの同級生がにんまりと笑顔で立っていた。
「おはよう、みっちゃん。一週間ぶりだね」
「そうだねー! ちなみに私はこの一週間、寝てたら過ぎちゃったよ!」
「あはは、相変わらずだね」
この子は小学校からの同級生。
明るく元気な女の子で、私とは性格的には違うけど不思議と馬が合う。
名前は利永未来。世間では中学デビューなんて言葉があるけど、みっちゃんに限っては中学に上がっても特段変わったところはないようだ。
「相変わらずなのは七っちもだよ。竹刀背負った女子中学生なんて七っちしかいないから直ぐにわかったもん!」
みっちゃんが私の背にある布でくるまれた竹刀を指差した。
「あーいや、これはその、今日から剣道部に入るから持ってこないといけないじゃん?」
「小学校でも剣道クラブがある日には学校に竹刀持ってきてたじゃん。道場に置いとけば良いのに」
「え? 置いてたら練習できないでしょ?」
「……純粋な顔やめてよ。普通の人はそうじゃないの!」
普通って……。みっちゃんは人よりもずれた感性をしているから、宛にならないな。
今だってみっちゃんが目立っているから、何か人の視線集めちゃってるし。
「まあ今に始まったことじゃないからもういいや」
何故か呆れたように言われてしまう。
少し心外だ。
けれど、みっちゃんがキラキラした目を突然したので私の下らないプライドなんて直ぐにどうでもよくなる。
「そんなことよりもさ! 剣道するってことは、武道館に行くんだよね!?」
「え、まあそうなるよ。剣道部はどこもそうじゃない」
「じゃあじゃあ! 空手部と一緒に練習するんだね! いいなあ!」
空手部? この学校にはそんな部活もあったんだ。
みっちゃんが何を羨ましがっているのかはよくわからないけれど、中学の空手部って珍しい気がする。
「みっちゃん、空手に興味あったの?」
「え!?」
その質問をした瞬間、みっちゃんがこの世の終わりみたいな顔になる。
「もしかして七っち、斉場先輩の事知らないの!?」
そしてあからさまに動揺して、名前も知らない先輩を話に出してきた。
斉場。もちろん聞き覚えは無い。そんな名字の人なら一度知ったらそう忘れないだろうし。
「うーん……聞いたことないかも。有名な人なの?」
「この学校で一番有名な人だよ! 去年の中学空手で全国一位を取って、成績もずっと学年一位って噂の先輩!」
「ええ、それは盛りすぎじゃない? そんな人いないでしょ……」
「それがいたから人気なの!」
みっちゃんは男子にがめつい方ではないけれど、それでここまで反応するということは相当な有名人なんだろう。
生憎私は剣道部があるかないかで学校を選んだので、他の部活については何も知らなかった。
「もーう。そんなんじゃ、七っちは中学校っていう魔境でついていけないよ! 戦力不足で置いてかれちゃうんだから!」
「いやいや、そんなゼル編のパオズじゃないんだから……」
「パオズ?」
「え、知らない!?」
たまーに自分の趣味が他の人に伝わらないことがある。
最近の女子は少年漫画を読むと聞いたけど、流行りのものだけなのだろうか。
みっちゃんとそんなやり取りをしながらも、私は教室に向かった。ちなみにクラスはみっちゃんと一緒で、結構安心したのは内緒である。