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幸福に生きたい不幸なあなたへ  作者: 木鳥
四章・孝宏
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五十二話・放課後に喫茶店で

「なるほどな。そう言った理由なら大歓迎やで。一番奥の席を使ってええで」

「悪い。急に来たのに」


 俺はアリスの実家である喫茶店司に来ていた。

アリスは今日オカ研の女子メンバーで、ナウでヤングなお店に行くとのことだったので不在だけど。


「気にしないでええって。山元だけならまだしも女の子二人を放置は出来んやろ」

「すみません奏さん、いつもお世話になっています」


 山川が珍しく礼儀正しくお辞儀していた。


「ん? 知り合いだったのか?」

「文化祭でご一緒して以来、偶に幸燿さんに料理を習いに来ていましてよ。あの方の料理人としての腕は、町のお店のレベルではありませんので」


 意外なところで繋がりがあったことに素直に驚く。

 俺が店にいる時間には見たことないけれど、休日とかで部活のない日に来ていたのだろうか。アリスからも聞いたことないな。


「それでは枕崎さん。こちらに来なさいな」

「はい。ありがとうございます」


 申し訳なさそうに枕崎は山川の後をついていく。

 山川には今日の孝宏の行動を話しているので、ある程度事情を把握してもらっている。出会ったのは偶然だったけれど、悩み相談には山川は必要以上に親身になってくれそうだし悪い人選ではなかったはずだ。


「それで、早速ですけれど確認です。枕崎さんは孝宏さんの後輩。現在は中学三年生、これは間違いないのですよね」


 三人が席に着くなり、山川は話を切りだした。

 四脚の椅子があり俺と山川が横並び。枕崎は机を挟んで対面に位置する場所に座っている。


「あ、はい! その通りです!」

「ということは仲良くなったのは部活関係? 確か孝宏さんは空手部に入っていたのでは?」

「何でお前がそれを知ってるんだ……」

「有名な話じゃありませんの」


 すまん孝宏。

 お前が思っていた以上にお前の空手の話は学校中に広まっていたらしい。


「あー、その、ですね」


 さっき俺が似たような質問をしたときは空手部で一緒だったみたいな答えをしていたのに、今はどうにも歯噛み悪そうだ。

 枕崎はちらりと俺を見る。


「すみません。ややこしい答え方をしてしまったんですけど、私は空手部じゃなくて剣道部で練習場所が同じだったんです」


 どうやら俺が誤解してしまったらしい。

 いや、先ほどの答え方をされていたらそう解釈しても仕方ないはずだ。


「そうだったのか。何でさっきはあんな言い方をしたんだ?」

「あ、えっと、私実は先輩以外との男の人と上手く話せなくて。優作先輩と二人きりになって緊張していたんです」

「まあ。枕崎さんは恥ずかしがり屋なのですね」


 孝宏と普通に会話していたから気にしていなかったけど、あまり男性に慣れていないのか。ならさっきは悪いことをしたな。


「そうだったのか。ならさっきは悪かったな、気まずかっただろ」

「ま、まあ」

「そこを確認する辺りデリカシー無いですわよね」


 山川から刺すような視線が送られるが、これに関してはどうすることも出来ないので無理だ。気を付けてはいるけれど。


「ほい。お三方にサービスやで」


 マスターが来てトレイの上から三つのコーヒーカップを机に置いた。

 勿論頼んだ覚えはない。


「あら、悪いですわね」

「お金は後で払うよ」

「ええって。それ売り物じゃないんや」


 けらけら笑っているが、売り物じゃないようには見えない。何か嗅いだことのないような独特の香りがするし。


「最近アリスがハーブティーにハマっててなあ。うちも少し作っとるねん。これは効能としてはリラックス効果があるし、今の状況にもピッタリやろ」

「そこまで考えてたのか……。なら甘えさせてもらう」

「おう、ゆっくり話しといてええからな。ほな!」

「あ、ありがとうございます! マスター!」

「かわええなあー! いつでも来てや!」


 ひらひら手を振ってマスターは仕事に戻っていった。


 ハーブティーって飲んだことないけど、コーヒーカップに入っていてもそれなりに様になっている。

持つと温かく、口に近づけたらまず鼻腔が香りで刺激された。

 心地よく既に気分が少し優雅になる。口に含む味こそ植物っぽい独特なものだったが特に嫌悪するようなものではなく、普通にほっこりした。


 個人的には飲んだ後に口に残った後味が好きかもしれない。舌を歯に滑らすとより鮮明に味わうことが出来た。


「ふふ、優作さんハーブティーは初体験ですわね」

「ああ。名前は知ってたが、お洒落すぎてな」

「勿体ない。これは黄色ですが、色も赤や紫など様々あるのですよ。香りも千差万別。最近ではハーブティーのカクテルもありますし、身近なスーパーでも売ってるくらいなので今度買ってみると良いですわ」

「お前はやけに詳しそうだな」

「当然! 高貴なので!」


 どうやらそういうことらしい。

 確かにお嬢様が飲んでそうなイメージはあるけど、こいつの場合それ目当てに飲んでそうだ。


「枕崎さんはどうですか?」

「あ、はい。なんだか落ち着く味ですね……」


 リラックス効果とやらが出るには即効性が高すぎる気もするけど、気の持ちようだろう。マスターが最初にあんな説明をしたから飲んで気分的に軽くなったのかもしれない。


「うし。まあ、これはまた今度ゆっくり話すとして。孝宏がおかしかった理由、聞かせて貰っても良いか?」


 休憩もほどほどにして、話を切り出す。

 枕崎はきゅっと唇を閉めて難しい顔をした後、俺たちを見た。


「は、はい。でも、最後にお願いなんですけど、先輩のことを聞いても、あの人を嫌いにならないでほしいんです」


 不安。後悔。

 その二つが顔に滲み出ていたような気がする。


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