五十話・それぞれの進路
「おお。これが……」
「見た目から怖い……」
部活の時間。
部室内ではA4くらいのサイズがある大きな本をアリスと鈴音が覗き込んでいた。
どうやら市立図書館から鈴音が借りてきたものらしく、二人とも恐る恐るといった感じでページをめくっている。
「楽しそうだな。さっきから何読んでるんだ?」
机越しに向かい合うように座っているので、ページは見えるのだけれどその本はそれだけではどんなものかわからなかった。
何やら古い城が写っているけど、世界遺産の写真とかだろうか?
「これはね、世界の心霊スポットとかいわく付きの物がいっぱい載ってる本だよ。優作は、興味ないだろうけど~」
確かにこれといって興味はないけれど、鈴音にジト目で見られるのは心外だ。
「何言ってるんだ。俺だってオカ研の部員だぞ? そんなの興味ありありに決まってるだろ」
「山元、オカルトに目覚めたの?」
「アリスちゃん騙されたら駄目だよ。じゃあ、最近何かオカルトについて調べた?」
「おう。もちろんだ」
迷いなく即答する。
オカルトについて調べたというより実際に体験してるしな。
その点は鈴音よりも深く関わりがあるといえるだろう。
「この前だってお化けに会ったぞ」
「ほんとー?」
鈴音からは未だに懐疑の視線。
まったくここまで信用がないとは。俺だって高校生だ。多少はその手の話題も話せるさ。
「本当だよ。この前なんてお汁粉飲んでる幽霊見たしな」
「嘘だあ!」
「本当だって、そんで熱くて舌を火傷してたぞ」
「絶対嘘じゃん!」
本当の話なのに鈴音は信じようとしなかった。
まったくこれだから素人は。大人になってピュアな心を失ったな。
反論するだけの鈴音の横で、アリスは恥ずかしそうに視線を明後日に向けていた。
「鈴音、こんなの優作の冗談に決まってるじゃない。真に受けて相手したら駄目よ」
「だよねー。お汁粉で火傷ってその幽霊さんポンコツすぎるよ」
今までおとなしく座ってパソコンで作業をしていた飛鳥の一言に、同意見の鈴音が朗らかに笑った。
ポンコツ呼ばわりされた特技が幽体離脱の少女は、さらに恥ずかしそうにプルプル震えている。
「や、山元。その辺でやめよう。幽霊もかわいそうだよ」
「あれ、アリス今の話信じたの? そんな幽霊いるわけないじゃない」
「わからないよ。もしかしたらどこかにいるかも」
「そんなのいたら逆に会ってみたいわね」
「私も! 何か可愛いし!」
可愛いと言われて今度は照れ始めた。頬をポリポリとかいて、ま、まあ、悪い気分はしないかな的な事を言いたそうにしている。忙しい奴だな。
「と、いうか。斉場はいないんだ? いつもならこんな話に混じってきそうなのに」
ふと周りを見渡したアリスが今日の部活に不在の男に気づいた。
特に席が決まっているわけではないがいつも孝宏が座っているソファは今日空席になっていた。鈴音が最初に何か言ってこなかった事を見ると休みの連絡は無いのだろう。
「ああ、孝宏ならさっき職員室にいたわよ。生徒会の資料持って行った時に見かけたわ」
「職員室? あいつ何かやらかしたのか?」
「うーん。悪いことじゃないんじゃない? 優作はここにいるんだし」
「鈴音。俺と孝宏がセットで問題を起こすような認識をしないでくれ」
「え、違うの……」
アリスが目を見開いて驚いた。
そんなに驚愕するほど意外なのか。
「あいつとは何かと一緒になるだけで、何も問題を起こしたいわけじゃない」
「でも、文化祭の時は二人で放送室ジャックしたじゃん」
「あれは……えっと、あれは、俺たちがやったんだよな?」
否定しようと思ったけれど、頭の奥がずきりと傷んで何か違和感を覚える。
引き出しはあるのに開けられないような、そんな感覚。
文化祭の時に放送室を勝手に使ったのは覚えているけれど、それを俺と孝宏が自主的にした行動だったか思い出せない。
脳髄が締め付けられるような気色悪い気分になる。
「ごめん、遅れたー」
「遅かったわね、何やらかしたのよ」
ちょうど孝宏が入ってきたので考えが中断される。
飛鳥の一言に苦笑いを浮かべながら手に持っていた一枚のプリントを机に置いた。
「あはは、いやー、その、進路希望で呼び出しくらってて……」
「進路希望? 斉場、何か変なこと書いたの?」
「そういうのじゃないんだけどさ」
孝宏が置いた紙を見ると、第一希望から第三希望の欄まで全て埋められている。特に問題はないようにも思えるけど。
書かれている文面を見て、俺も目を疑った。
「えっと、第一希望が給料の良い仕事、二つ目が楽しい仕事、……三つ目がブラックじゃない仕事。って、これは怒られるだろ」
「高校生の進路希望じゃないね」
鈴音の指摘は至極全うなもので、俺も頷く。
流石に俺でもここまで酷いのは書いていないぞ……。孝宏は普段こそ不真面目だが、こういった提出物でふざけるような奴じゃないしな。何でわざわざこんなことを書いたんだ?
「あんたねえ……。これなら適当にそれっぽいのを書いて出した方がよかったんじゃないの?」
「いつもならそうするだろ?」
「そうなんだけどさ、将来の夢とか何もないからそれすら書けなかったんだよ」
置かれた紙を手に取り、飛鳥は呆れたように見直していた。
オカ研の部員だけれど飛鳥は根っからの真面目人間だから、この手の行動は冗談でも嫌いな部類になるのだろう。
「ちなみにこれ。皆は何て書いたの?」
ソファにどさりと腰を下ろし、よほど教師から厳しく絞られたのか普段よりつかれた様子で吐き捨てるように聞いてきた。
うーん。そう聞かれるとなあ。
自分の進路希望の内容って何だか他人に言うのは抵抗がある。
普段から行きたい大学とかを言ってれば恥ずかしさも減るだろうけど、俺の場合は結構意外な夢かもしれないので普通に馬鹿にされそうだ。
「私は料理の専門学校って書いたよ。親にも言ってるし」
最初に言ったのはアリス。まあ、アリスが料理の道に進むのは納得できる。
実家が喫茶店で本人も毎日弁当を自炊するほど料理好きなら自然な流れだろう。
「私は保育士になりたいから資格取れる学校かな。……手続きは面倒だけど」
鈴音も子供好きで、集団行動にも慣れているのでイメージ通りの進路だ。
最後の方で顔が曇ったのは、施設暮らしで学費の工面をするのが色々と大変ということなのだろう。鈴音ならどうにか出来そうだけれど、今度それとなく聞いてみるか。また一人で抱え込まれたら嫌だし。
「私は弁護士」
「うんうん、納得……弁護士!?」
「そんな意外?」
二人の流れで頷いてしまったけれど、改めて思い直して驚愕した。
べ、弁護士って……。あれだよな、異議あり的なやつ。
「あれって滅茶苦茶頭の良い奴らしかなれないんじゃないのか!?」
「失礼ね! 私だって全国模試では結構上の方だし! ……テストの順位は二位だけど」
「飛鳥ちゃんは弁護士かー。僕は結構イメージ出来るなあ。百年に一人の美人弁護士って肩書きでテレビに出るとこまで想像できた」
「それ五年に一人くらいの頻度で出るわよね。あれ何なのかしら」
「確かに! あ、でも皆可愛いよね! アリスちゃんみたい!」
「異議なし」
「脱線してる!?」
珍しくアリスがつっこんで話を戻してくれた。キレもなかなか良い。
入部したばかりの頃はまだまだ青かったが、最近は少しずつ垢抜けてきたな。嬉しいぜ。
「そういえば皆の順位聞いたことなかったけど、飛鳥以外は成績どうなの? 私は中の上くらい」
俺たちの悪ふざけを止めた後に、アリスが恐ろしい質問を繰り出してきた。
何だってそんな質問を、復讐だろうか……?
「わ、私はえっと、中の下くらいかな。下の上じゃないよ!」
「お、俺もそのくらいだ! 下じゃない!」
「わかったって。私が悪かったから二人とも落ち着こ?」
俺と鈴音の反応から何かを悟ったアリスがなだめてくる。
情けない話だけれど、成績があまり高いではない。最近はテスト前に結構勉強するようになったがスタートが遅かったのでその差を埋めるのが厳しいんだ。
「飛鳥は、二番だったよね?」
「ええ。たまーに一位を取れるけど基本は二位止まりね。本当に悔しいわよ」
「飛鳥ちゃんでも二位なんだ……。あんまりこんな話しないけど、一位は誰なの? 千夜子ちゃんとか?」
「千夜子は一桁台だけど一位じゃないわ」
ちらりと飛鳥が視線をある人物に向ける。
俺は一位が誰なのかは知っていた。以前そいつと話した時に流れで聞いたことがあるのだ。最初はホラ吹きだとも思ってたけど。
「一位はこいつよ」
「僕でーす」
「「ええ!?」」
鈴音とアリスがこの世の終わりみたいな顔になる。
まあ、普段は女子にちょっかいを出しまくるし、最近は頭の八割は下ネタとか不名誉な称号をつけられてるしな。こんなやつが学年一位。それも、飛鳥を抜いているなんて信じられない気持ちはわかる。
二人とも難しそうな顔でなにか考え始めた。
「「……カンニング?」」
「違うわ! なんで僕が成績よかったらそうなるんすか!?」
自然な流れだろうな。
「ま、実際に孝宏は頭良い方だぞ。こいつこれで結構勉強してるしな。部屋にも難しい参考書多いし」
一応助け船を出しておく。
高校生で独り暮らしをしている孝宏だが、元々がかなりしっかりしているので親の許しも出たのだろう。学校でのちゃらけた印象とは裏腹に、実は結構な勉強好きである。
「私が不満なのはそこよ。折角頭良いんだから、有名な大学とか書けば良いのに……。先生もそれなら怒らないでしょ」
「うーん。そうだろうけど、そうなったら後戻りできなそうで怖いんだよなあ。将来はヒモになって胸の大きい年上のお姉さんに養って貰いたいし」
「清々しいまでの屑だな」
よくそんなことを女子の比率が多いこの場で言えたものだ。
ほら見ろ。皆ひきつった顔をしている。
あれ? 何かアリスは別にそうでもないような……。
「孝宏さいってー! そんなんだから彼女出来ないんだよ?」
「あんたみたいなのが犯罪を犯すんでしょうね」
「切るか?」
「何だよ皆して!? 冗談だよ、あ、アメリカンジョーク!」
「……仕事もせずに遊び呆ける男の人の前に、突然現れる巨乳のお姉さん。二人は不思議と惹かれあっていくんだね。何かいいね」
「「「「え?」」」」
一人だけよくわからんことに感心し、よくわからんことを口走っていたアリスに全員がドン引きした。