放課後デート③
「他に行く場所とかあるか?」
「うーん、私は無いかな。あんまり遅くなるとお母さんが心配するし」
あの後も数件ほど回って時刻は夜の七時前。そろそろアリスは家に帰った方がいい時間だろう。
「じゃあ帰るか、俺も用事はないし」
「うん、そうしよ」
俺は本を一冊買った程度なので学生鞄にそのまま突っ込んでいるけど、アリスはアロマ以外にも幾つか雑貨を買っていたので紙袋を手に持っていた。
「それ持つよ、ほら」
「軽いから大丈夫だよ。流石の私でも持てる」
「大丈夫って。俺が持ちたいんだよ」
遠慮しているのだと思い、少し強引に言ってみる。
「……山元。それしていいのは男性アイドルくらいだよ。現実でされたら変に気を使っちゃって居心地悪い」
「ぐう!」
これは格好つけるチャンスだと思っていたが、アリスには完全に見透かされていたようだ。
恋愛経験なんてそんなにないから、てっきり男女で出掛けたらこうするものかと思ったのに。完全に気まずい状況になった。恥ずかしすぎる。
「まあ、気持ちはありがたいよ。でもあれだね」
「あれって何だよ……」
「明るいお店じゃなくて、暗い夜道でそれ言われたら、ドキドキしたかも」
だから、何でお前は平然とそんな思わせぶりな事を言ってくるんだ。
落ち込んでいた俺をからかうようにアリスが流し目で見てくる。そんなアリスに目を奪われてしまい、耳にかかった髪を手でどけている仕草すら少し色っぽく見えてしまった。
そうだ。完全に今更だけど俺はアリスと買い物に来たんだった。
今までアリスしか意識に入れてなかったが、周囲に視線をちらりと送るとやっぱり注目の的になっている。
学校ですら歩いているだけで生徒に振り向かれるのだ。それ程容姿が整っているアリスが、こんなに大勢の人がいる場所で浮かない訳が無かった。
「ねえねえ、あの人凄い可愛くない?」
「モデルとかじゃない!」
「何かの撮影かな?」
などなど、多くの特に女性からの注目を集めていた。
男はガン見するのは気まずいので、横目でチラチラとアリスを見ている。
銀髪ロングで、蒼眼の美少女がいたら誰でも気にはなるだろう。俺は今までその横で平然と歩いていたのか。絶対にいらぬ誤解をされているな。
「隣の男の人は彼氏かな?」
ほらな。まったく困ったもんだ。
「いや、ないでしょ」
「付き人じゃない?」
「それかストーカー」
「はっ倒すぞ」
「山元、落ち着いて!」
おそらく中学生であろう女子グループに我を忘れて向かっていった俺をアリスが羽交い絞めにして止めてくれた。
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「悪い……、つい勢いで」
「勢いであんなことしないでよ。もう……」
アリスと一緒にショッピングセンターから帰る。
既に辺りは黄土色で、日が沈みかけていた。
「そういや、アリスは何で俺を今日誘ったんだ?」
歩きながら話題もないので気になったことを質問する。
正直今日の目的がアロマを買うことなら俺じゃなくてもよかった筈だ。それこそ、同じ部活の鈴音や飛鳥に声をかけてもいい。あいつらならまず断らないし。
俺の質問に何故かアリスは不満げな表情を浮かべた。
「むう。本当に鈍すぎない……」
呆れたように大きなため息までつく。
「今日山元を呼んだのはあれ、私一人でここ来るといつも声かけられるから。男の人が横にいたら大丈夫かなって思った」
「すごいな。それが嫌味に聞こえない」
確かにアリスが一人で買い物なんて、どんな輩に目をつけられるかわかったもんじゃない。変に世間知らずな部分があるしホイホイついていきそうだ。
ハイエナの檻に、草食動物を投げ込んだイメージが浮かぶ。
どうやら俺が呼ばれたのは、男避けのためらしいな。それなら納得だ。
「山元は。楽しかった?」
不安そうにそんなことを聞かれる。
もしかしたらアリスは、俺を強引に誘ってしまって迷惑だったんじゃと考えているかもしれない。人一倍優しいからこんな行動に慣れてないのか。
「楽しかったよ。思ってたよりもずっと」
「そう。えへへ、よかった」
アリスはにんまりと微笑んだ。
目を奪われるって表現が、最上級に胸の高鳴りを表すのなら俺はアリスに何度それを体験させられるのだろう。
今も例外ではなかった。
俺の事を自分の事のように喜ぶアリスを見ていると、発作でも起こしたかのように鼓動が速くなる。
これはいけないと思い、少し焦りながらも話を終わらせることにした。
「ま、まあ、あれだ! また何か困ったら呼んでくれよ。手伝える範囲で手伝う」
「うん。そこは、何でも手伝うって言ってほしいな~」
冗談っぽくアリスがからかってくる。
恥ずかしくてそこまで言えなかっただけだ。俺は多分、アリスが困っていたら力になりたいと思うだろう。
それがどんなことでも。
「じゃ。そろそろお別れだね」
アリスの家が見えてきたので、いつもの数倍は短い放課後が終わる。
何というか、ポワポワした時間だった……。
「おう、じゃあな」
「うん。あ。それとこれ」
別れ際にアリスが紙袋から何かを取り出して俺に渡してくる。
長方形の箱だった。
「今日のお礼。やったことないって言ってたからアロマ買ってみたよ」
「え、いやいや悪いって。何もしてないし」
むしろアリスに引っ張られていた気さえする。
お礼をもらえるような事なんて何も出来ていなかったから、これを貰うことは出来ない。
「いいの。私がそうしたいって思ったんだから。じゃあね」
「あ、おい!」
アリスはそう言って足早に去っていった。
一人ポツンと放置された後に、手に持たされた箱を見つめた。中には瓶とその中に突っ込む綿棒のようなものがセットになって入っているっぽい。
「レモンの香りって……。あいつ、何でこれをチョイスしたんだよ」
すると箱の淵に何かメモ帳のようなものが挟んであるのに気づいた。
手に取って確認してみる。文字が書かれていた。
――また一緒に出掛けようね。
……っ。
その内容に、自分の顔が耳まで真っ赤になっているのではと感じるほど熱くなった。
「なんつうか、勝てる気がしないな……」
何についてなのかは自分でもわからないがぽつりと口から漏れ出たその言葉は妙にしっくりきた。
「うちで使えるのか? これ?」
思わぬ収穫に少しの興味をそそられながら俺は高鳴る鼓動を押さえ、自分の家に足を向けた。
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無言で家の扉を開ける。
どうせ中からの返事は無いんだ。帰宅の挨拶なんて必要ないだろ。
玄関で靴を無造作に脱ぎ捨てて、リビングに向かう。
テーブルの上にはレジ袋が一つ。中には今日の俺の夕飯。コンビニ弁当が入っていた。
そして、テーブルの横では酒の瓶をひっくり返しながら床で眠るクズがいた。俺の帰ってきた音で薄っすらと瞼を開けている。
「弁当。もらうぞ」
そう言って部屋に戻る。これが母親とのいつもの会話。
「ん、あんたそんなの買ったの?」
今日は機嫌がいいのか俺が持っていたアロマに触れてきた。会話なんて何日ぶりかわからないが、珍しいこともあるものだと素直に感心してしまう。
「貰った。友達から」
「そう。それ、この前お客さんがくれたのと似てる」
「そうかよ。……くそが」
最悪だ。アリスがくれた物をお前が貰ったものと一緒にするな。
どうせ下心丸出しの下卑た人間からの贈り物なんだろ。アリスを、そんなのと一緒にするな……。
「言葉遣いに、気をつけなさいね」
「……」
話にならないので奥の自室に向かう。
アリスと関わり、家族のあたたかさを知った。
鈴音と関わり、人と人との繋がりを知った。
飛鳥と関わり、生きることの責任と理不尽を知った。
それでも、俺は一生この母親に対して普通の家族のように接することは出来ない。その思いが変化することは無い。
心の底からの嫌悪感がいつまで経っても拭えない。
「……クソ」
そんな自分が。
一番嫌いだ。




